父帰る
VOZVRASHCHENIE


2005年01月09日 神奈川 シネマジャック にて
父帰ってきました。一緒に旅行に行きました。で?


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


少年アンドレイとイワン兄弟の家に長い間不在だった父親が帰ってきます。そもそもなぜいなくなって、どこに行っててなぜ帰ってきたのかは兄弟にはわかりません。そして、父親は兄弟を釣り旅行に連れ出します。でも、何かの用事を並行して片付けている様子。兄アンドレイは父親になじもうとしますが、弟イワンはどうもこの居丈高な父親になじめず、反抗ばかりしてしまいます。そんなこんなしながら、父親の目的地である島に3人は到着します。そこで遂にイワンの感情が爆発してしまいます。で、どうなるかって言うと.....。

ロシアの新人監督の映画ですが、2003年のヴェネチア映画祭でグランプリを取ったのだそうです。オープニングで海に飛び込む子供が登場しますから、季節は夏なのでしょうか。それにしては画面は寒々とした海辺の田舎町を映し出します。そして、ある日、兄弟の家に父親が帰ってきます。母親と祖母は何か事情を知っているようではあるのですが、それはあくまで語られず、何やら得体の知れない父親と兄弟の旅行へ物語は進んでいってしまいます。そこから先、物語は過去の事情を一切語らないまま、親子3人のドラマだけで進んでいくことになります。久々に再会した親子3人の楽しい旅行になると思いきや、親子3人の旅は妙な気まずさがつきまとっていまして、一触即発のピリピリした道中になってしまいます。父親はなんとか父の威厳を息子二人に誇示しようとするのですが、それはうまくいかないようですし、子供二人、特に弟は、父親に拗ねてみせるというよりは、憎悪を露にして、道中を険悪な雰囲気にしてしまいます。

オープニングは何かのイメージショットなのですが、その実体は不明です。そして、思わせぶりな演出はドラマの1シーン1シーンを意味ありげに積み上げていきます。その呼吸は普段観る娯楽映画の演出とは明らかに異なるもので、一応ロケ中心の映画なのに、舞台劇を思わせる映画になりました。主演3人以外にも登場人物はいるのですが、生活感も存在感もない描かれ方で、あくまでドラマは親子3人の葛藤にのみ焦点をあてているのです。でも、その3人に感情移入することを拒否するがのごとく、突き放した演出なので、観ている最中はお気楽にながめているわけにはいかず、観客はある緊張感を持って画面と対峙せざるを得なくなります。それでなくても、一触即発の道中ですからね。

親子3人の旅の行方は意外な展開を見せるのですが、様々な意外性を見せるところが、この映画の面白さになっています。物語は兄弟の視点から動かないものですから、父親の過去を垣間見せるシーンがあってもそれが何なのか一切わかりません。港で男たちと話し込んだり、島で箱を掘り出したりするのですが、その種明かしは最後までされないのです。へえ、こういう映画の作り方もあるんやねえとちょっと感心もするのですが、さらに意外な結末でダメ押しをしてくるのです。「何なんだこれは」というツッコミも拒否する決着は、本編で確認して頂きたいのですが、親子3人が様々な暗喩として描かれているらしいことは見えてきます。でも、物語としては3人の親子旅行の悲惨な結末でしかないのです。ただし、描き方が重々しいというか、勿体つけてるというか、思わせぶりというか、「含むところがいっぱいあるからそこを汲み取ってね」という感じなわけです。映画を観た後、プログラムを読んだら、監督のインタビューがあって、そこで、聖書やら、旧ソ連の崩壊とか色んなことを言ってるのですよ。へえー、そんなことまで言いたかったん?とも思うのですが、「親子3人、気まずい道中」をそこまで膨らますパワーは感じましたから、映画としてはよくできているのではないかしら。

オープニングの息苦しいような空気感は最後まで崩れません。1時間半、魂を別世界へ持っていかれたような気分になったのは事実でして、寒々とした重苦しい映像と、独特の間の演出、幻想的な音楽が、観客を日常とは別の世界へと誘うのです。こう書くと、「ミステリーゾーン」か「ウルトラQ」みたいですが、事実ちょっと似たような感覚もありました。観終わった後、スリラー映画やファンタジーを観たような、ある種の不思議を感じたのです。懐かしいような、あり得ないような、根源的な怖さを感じさせる何かがこの映画にはありました。そして、その何かがラストでは失われていくのです。ノスタルジックな郷愁も、好奇心をかきたてる不思議も、心かき乱す恐怖も皆失っていく子供たちには、重い現実だけが残されてしまう、そして、少年は大人になっていくのかもしれない、と思わせるあたりはうまいと思いました。でも、大人になるってことは、失うことばっかではないのですけど。


お薦め度×アートっぽさが前面に出てきてますからとっつき悪いかな。
採点★★★☆
(7/10)
子供の視点に立ったスリラーとしても観るのがいいかも。

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