written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
シンセサイザーの元祖とも言うべき楽器テルミンは、1920年代のロシア出身のテルミン博士の発明でした。物理的に変化する空気振動を作り出して音を出すのではなく、電気信号の変化を音に変える楽器は当時は画期的なものでした。テルミン博士はテルミンに楽器としてのステータスを与えるべく、演奏者を育成し、コンサートを開きました。クララ・ロックモアは現役のテルミン演奏者ですが、彼女は当時、博士に求愛されたことがありました。それなりの研究と広報活動が浸透しつつあった時、博士はソ連に連れ去られてしまいます。そして、数年後、ソ連で死亡したという知らせが伝わってきたのですが、彼はその後も存命だったことが後に判明するのです。
テルミンという楽器は名前は聞いたことがあります。よく恐怖映画やSF映画で使われる「ヒューヒュー」という電子音がテルミンによるものでした。日本だとミュージックソーとかコンボオルガンなんかで、恐怖やSFっぽさを出そうとしている映画を見かけますが、テルミンの音はいかにもアメリカらしい未来風の音になっているのが印象的でした。いわゆる電子楽器と呼ばれるものの、元祖ともいうべきものがテルミンなのです。現在のシンセサイザーのルーツにあたるのですが、その演奏方法がかなり独特なのです。楽器自体は現在のキーボードと同じくらいなのですが、その箱に直接触れず、その箱の周辺に手をかざすことで、磁場を変化させ、その変化を音に変えるというものです。ですから、電子楽器ではあるのですが、その音の出し方はデジタルとは程遠い、修練による加減の賜物ということになるのです。また、演奏の見た目はいわゆる手かざしのようであり、祈りのようでもあり、その演奏の動作そのものが一種のアートしてると申せましょう。そして、その一種不思議な動作から生み出される音も、この世のものではないような音色です。シンセサイザーによるヒーリングミュージックで、草笛か風のような流れる音を奏でるものがありますが、あんな捉えどころのない音が余計目に神秘的な印象を与えます。
しかし、その神秘的な音とは裏腹にテルミンの周囲には生臭い事件が起こり、テルミン博士はソ連に拉致され行方不明になってしまいます。そして、1980年代にその生存が確認され、彼の口から、収容所から、KGBのために働くようになるまでが語られるのですが、映画はここに重きを置いていないのが意外でした。その空白の期間に、テルミンはシンセサイザーに進化し、その電子音が色々な分野で活用されるようになります。博士自身は、テルミンをピアノやバイオリンと同様の独立した楽器としての地位を確立したかったようです。ところが、「シンセサイザーの発明者ムーグや、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンのインタビューからすると、前面に出る楽器としてテルミンが位置付けられることはついになかったようです。確かにテルミンのための楽曲が作曲されたりしているようなのですが、ついにメジャーにはなりきれなかったのです。私自身、あの音を中心にした曲を長時間聴かされるのはかなり苦痛だと思いますもの。そのあたりになんとなく悲哀感を感じてしまうのですが、それはラストのエピソードにもあります。
90を越した年老いたテルミン博士が、かつて求愛した女性クララに会いにいきます。取り戻せない時間を感じながらの二人の再会には、感動よりも、テルミンと同様に何か物悲しいものがありました。確かに晩年に、色々な名誉を与えられたようですが、それとて歴史の一部としてのテルミン博士への敬意であり、結局、晩年の彼を一人の人間として見てくれたのが、クララ一人だったという結末に読めました。先駆者であり、天才的な技術者であったテルミン博士でしたが、拉致されてからの日々といい、その晩年といい、テルミンの現状といい、決して報われた人生のようには、外からは見えません。ただ、20世紀という時間の中で科学と人間のかかわり方のサンプルとして、テルミンはその物悲しい音色を郷愁の中に響かせているようでした。
製作脚本監督のスティーブン・M・マーティンの視線は、全体的に曖昧で、映画のフォーカスも、テルミン自体にあるのか、テルミン博士に方にあるのかがはっきりしません。その曖昧な視点は、電子機械なのか楽器なのかが曖昧なテレミンの存在とだぶっているようにも感じられました。また、ナレーションを使わないことで、映画が淡々とした印象となりました。日本のテレビのドキュメンタリー番組の過剰なナレーションに慣れてしまった私にとっては、とっつきは悪かったですが、最後まで観て行くうちに、この方が観客の感情をどこかへリードしようというあざとさがなくて、むしろ心地よく思えてしまったのでした。
お薦め度 | ×△○◎ | ドラマチックなようで淡々とした展開。 |
採点 | ★★★ (6/10) | 全体的に突っ込みが浅いのが不思議な味わい。 |
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