太陽
The Sun


2006年08月22日 神奈川 川崎チネチッタ5 にて
昭和天皇の大東亜戦争前後ってこんな感じ?


written by ジャックナイフ
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昭和20年、敗戦まぢかの昭和天皇(イッセー尾形)の朝食シーンから、映画は始まります。朝食を終えた彼は御前会議に出席し、ヘイケガニを観察し、自分の言行を記録させます。戦争が終わると、彼はマッカーサーと会見し、米軍のカメラマンの前に立ちます。そして、ついに、彼は自分を人間だと宣言し、それによって彼の魂は解放されるかのように思えるのですが、彼は周囲の日本人からすれば神であるようなのです。皇后(桃井かおり)はそれを全て見透かしたようで、彼を守ろうと強い意志を垣間見せるのでした。

映画で昭和天皇を扱うのは一種のタブーになっていまして、今までも「日本の一番長い日」などに登場しましたが、そのキャラクターを描いたものはなかったように思います。それを、ロシアの監督アレクサンドル・ソクーロフがロシア、イタリア、フランス、スイスの合作映画として作ってしまったのですから、これは一つの事件とも言えます。大東亜戦争終結前後の昭和天皇の人となりを描こうというのは、日本ではなかなかできることではありません。ただ、なぜ、そんなにもタブーなのかってところが曖昧になっていたので、外国映画としてこの映画を観てみれば、へえ、やればできるし、それってどうってことないよねえという気分にさせられます。客観的に観れば、「ヒトラー、最後の十二日間」をドイツ以外の国の資本で作ったようなものです。(実際、これはドイツ映画でしたけど)

内容的には、まず昭和天皇の日常がまるで舞台劇のような重厚さで描かれます。イッセー尾形が演じている昭和天皇の姿が、かなりデフォルメされた(と思われる、何しろ、天皇の人となりなんて見たことも読んだこともないので)キャラクターで描かれています。現人神という枠の中で汲々としながらも、その一方で見せる科学者としての天皇。基本的には王様みたいなもんですから、下々の事まではわからないし、いわゆる世間とは隔絶された世界に住んでいるわけです。情報が遮断された環境にいる天皇が何を思ったのだろうかというところを好奇心に満ちた視点でドラマは語られていきます。朝食から着替えをして、閣議に臨むまでを異様な時間感覚でじっくりと描いていまして、その沈殿しているような存在は、まるで牢獄に軟禁されているようでもあります。

しかし、日本が敗戦を受け入れ、進駐軍と関わるようになって、そのこう着状態が破られるのです。米軍のカメラマンは、天皇をチャップリンのようだと言い、無遠慮にレンズを向けます。マッカーサーは、この映画の監督と同様に、大きな好奇心をもって昭和天皇に接します。このあたりの描写は重厚でコミカル。天皇をとりまく空気は大変重苦しいのに、当の本人は普通にしてるという、そのギャップが妙なおかしさを運んできます。庶民は、価値観の大変換で大変な思いをしている(この映画では庶民の描写は一切ありません)のに、天皇本人は台風の目のように飄々としているのです。天皇はある意味、歴史そのものであるのですが、ここで描かれる天皇は歴史とは切り離された存在でして、その人となりは、歴史とは無関係だとも言いたい見せ方が、日本人にはある種のタブーを感じさせるのだと思いました。

昭和天皇という人物への敬意を伴った好奇心がこの映画のあちこちから感じられます。その好奇心は、日本人である私にとっては結構新鮮でして、だんだん観ているうちに「今まで、あまり考えたことなかったけど、昭和天皇ってどんな人だったんだろう」という興味がわいてくるのです。歴史、特に戦争とか軍部との軋轢などと切り離した、ヒロヒトという人物はあまり語られたことがなかったように思います。(例えが悪いですが、「ヒトラー、最後の12日間」では、ヒトラーの人物像は描かれていませんし、それへの興味をかきたてる見せ方はしていません。)人間なら、長所も短所もあり、時として滑稽で、時として悲しい。そんな、当たり前な人間の姿に迫るとき、一歩間違えるとその人を貶めてしまう可能性があるのですが、そこを前衛舞台劇のような構成で、リアリティと一線を画して、肉薄しているようで距離感を置いているという離れ業を見せてくれています。これなら、天皇に対して特殊な感情を持つ日本人にも(右にも左にも)ハードルの低い映画になります。

クライマックスで、昭和天皇は人間宣言をすることで、自分の呪縛から解放されたごとき表情を見せます。その後、皇后との会話で、それで全部片付いたわけではないという見せ方をして映画は終わります。イッセー尾形は、一人芝居の過剰な舞台演技を持ち込むことで、この映画の空気と見事にマッチした昭和天皇を演じきりました。また、ラスト近くワンシーンだけ出演の皇后を演じた桃井かおりの存在感が見事でした。彼女は、いつものリアルな演技を見せ、二人のやりとりがうまく噛み合わないあたりの演出は見事だったと思います。


お薦め度×監督の好奇心が観てる方にもうつってきちゃう
採点★★★
(6/10)
映画としての評価よりも、その視点の面白さで一見のオススメ!

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