ストレイト・ストーリー
the Straight Story


2000年04月08日 東京 丸の内ピカデリー2 にて
おじいちゃんがもう一人のおじいちゃんに会いに行くお話。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


73歳のアルビン(リチャード・ファーンズワース)は娘(シシー・スペイセク)と二人暮し。もう目も弱っているし、杖なしでは歩けません。そんなある日、しばらく音信のなかった兄が倒れたとの知らせ。アルビンは500km以上も離れた兄に会いに行こうと思うのですが、車は運転できないし、娘も連れて行ってやれません。そこで彼は小型トラクターにトレーラー(屋根付きリヤカーみたいの)をつないで、トコトコと兄の家まで出かけようと思い立ったのでした。でも、時速10kmも出ないトラクターでの何週間もかかる旅です。途中で色々な人との出会いがあって彼は兄の家の前までやってきます。

「エレファント・マン」や「ブルー・ベルベット」、そして、テレビの「ツイン・ピークス」など、独特(結構グロ入ってる)の世界を描いてきたデビッド・リンチが実話に基づくストーリーに挑戦しました。殺人もなく、悪意もない、ファンタジーの世界と言っても過言ではない、不思議な世界、でも実話という題材を、じっくりと描いて、そして、きちんと誰にも楽しめる娯楽作品として仕上げています。

星空をバックにしたタイトルの後のオープニング、キャメラが田舎町の1軒の家にグングンと寄っていきます。太った中年女性が日光浴をしていて、カメラは家の戸口まで寄ると中でドサッと何か倒れる音。そこまでをゆっくりゆっくりと見せるテンポは最近の映画に慣れてしまっている私には違和感を感じてしまいました。でも、その後、物語は全て、そのゆっくりとした時間の中で進んでいって、何時の間にか、そのテンポにはまってしまうと、これがなかなかにいい気分なのです。この映画を癒しという言葉で宣伝しているメディアもありますが、癒しというよりは、ゆったりとした時間を楽しむ、心の温泉気分というほうがあっていると思います。それで癒される人もいるかもしれませんが、癒しの映画というのは、あたらずとも遠からじだけど、当たってないという印象です。

兄倒れるの知らせに、何とか会いに行こうということで、トラクターを改造するあたりの展開も全く淡々としたもので、友人も娘も、そんなじいちゃんの行動にオロオロすることも諭すこともせず、「おやまあ」という顔で見守るあたりがおかしくも微笑ましい人々になっています。都会の犯罪映画と比べると、この映画に登場する人々はまるで時間が止まっているかのようで、また、ホントウに生きてるのかなという気がしてくるのですが、アルビンの行動はそんな止まった時間をトラクターでトコトコと移動していくのです。

アルビンは、途中で色々な人々と出会うのですが、それもちっともドラマチックじゃない。ただ、アルビンは彼らと言葉を交わすだけ。日本の旅ものバラエティでやたら出会いと別れをオーバーに演出するのに比べたら、まるで静かなもので、アルビンの73年の長い人生のほんの1ページという描き方に大変好感が持てました。家出してヒッチハイクしている若い女の子と星空を見て語り合うというエピソードが印象的でした。そんな中で、トラクターの修理に来るのが、あまり似てない双子の兄弟だったり、車に轢かれて死んだ鹿の角をトレーラーのエンブレムにしたりするあたりの、物語のアクセントのつけ方は、やはり曲者演出という気もしました。

脇役は、あまり多くないのですが、娘役を演じたシシー・スペイセクがまたいい味を出しています。田舎町で静かに暮らす中年女性、それもちょっとヨワそうなキャラクターを見事に演じています。彼女が夜、窓辺で男の子を見るシーンがいいんですよ。その事情が後からアルビンの口から語られるのですが、そこに垣間見る人生の機微は、後から胸を締めつけてきます。また、主人公の兄をハリー・ディーン・スタントンが演じているのが意外でしたが、ラストのちょっとの出番ですが、場面をさらってしまいます。

この映画で、アルビンは聞かれもしないうちから、自分の今回の旅の事情やら、昔の話をべらべらと話し出すです。そんな年寄りの話に、一応みんな敬意を持って耳を傾けるところが大変印象的でした。また、「ツイン・ピークス」などでおなじみのアンジェロ・バダラメンティの音楽が、浮遊感のある美しいオープニング曲や、のどかな道中を描写する、ギターやハーモニカによる曲で、ちょっと現実離れしたストーリーを暖かく包みこんでいます。


お薦め度×シンプルなストーリーをじっくりと楽しむ時間。
採点★★★☆
(7/10)
人は癒されなくてもちゃんと生きてます。

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