written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
精神科医のジョバンニ(ナンニ・モレッティ)は妻と息子と娘に囲まれて、幸せな日々を送っていました。ところがある日、息子のアンドレアがスキューバダイビング中の事故で帰らぬ人となります。残された3人は悲しみに暮れるばかり、お互いの関係も気まずいものになっていきます。ジョバンニはついには精神科医をやめる決心までします。そんなある日、生前のアンドレアのガールフレンドが訪ねてきたのです。
カンヌ映画祭でパルムドールをとった映画だそうです。だからどうしたという気もするのですが、まあ誉める人がいる映画ではあるみたい。ナンニ・モレッティという主演で監督もしてる人は、これまでなかなか政治色の強い映画を撮ってきた人だそうで、その人が珍しくストレートなドラマを撮ったということも話題らしいのですが、この人の前の作品を知らない私にとっては、「だから?」てなもんです。すんごい感動の一編だそうで、泣ける映画らしいという前宣伝でした。まあ、死を使って泣かせる映画だから、そっちはあまり期待してはいませんでした。
と、その程度の期待で映画に臨んだのですが、まず前半は、仲の良い一家と、父親の精神科医の仕事ぶりが描かれます。イタリアでは、こういう家族が標準なのかもしれませんが、日本人の感覚では、何かこう住宅建設のコマーシャルに出てくるような仲の良さなのです。高校生の息子に、中学生くらいの娘、一番扱いにくい年頃なんですが、両親も子供も和気あいあいとしています。一方で、父親は精神科医として、他人の不幸な話を聞くことを生業としています。このギャップのおかしさが、後半、自分も不幸になっちゃうと仕事にならなくなるというのがなるほど説得力あるものとなっています。
息子の死は映画の中盤、突然に訪れます。死を知らされるシーンはあっさりとさばいて、そこから先は、残された家族の寒々とした日々を淡々と綴っていきます。まるで、映画の後半全部がエピローグを見せられているような気分になりました。かなり重い展開で、この家族は立ち直れないかもしれないという状況にまでになるのです。特にジョバンニはこれまで患者に希望を与えるために言ってきた「自分に責任を押し付けて責めすぎるな」ということが、今度は自分の身にふりかかってくるのです。自分が息子を引きとめておけば、息子は死なずに済んだのにという思いから脱け出すことができなくなります。一見、皮肉にも見えるのですが、それこそがジョバンニの見つけた真実だったのです。そして、その彼の真実は、他の家族の想いを思いやる気持ちを失わせてしまうのです。一人で背負い込むというのは、一見責任感とも思えるのですが、その結果、妻や娘の気持ちのわからない自己中心的な行動をとってしまうのです。このジョバンニの心理や行動にはうなづける部分が多いので、見ていて辛いものがありました。月並みですが「幸せは自分の目の前にある」という言葉が逆の意味で実感できる映画です。ジョバンニにとっての未来へのカギは、息子との過去ではなく、今そこにいる妻や娘にあるのですが、彼はそこになかなか気がつきません。
しかし、ラストでその3人に希望の光が微かに射し込むのです。息子のガールフレンドがジョバンニを訪ねてきます。ジョバンニとその家族は、自分以外に息子を想っていてくれた人、そして、息子が想っていた人に出会うことで、何かが変わり始めるのです。それは多くは語られないまま、でも希望の光を実感させるところで映画は終わります。感動の嵐ではないですし、この一家は悲しみを乗り越えるには至っていない、いや一生乗り越えることはできないかもしれないけど、それでも前を向いて歩み始める彼らの姿は感動的であり、その感動的な部分をさらりと見せる節度に泣かせ所があると申せましょう。
お薦め度 | ×△○◎ | 泣きの感動ものじゃないけどいい映画です。 |
採点 | ★★★☆ (7/10) | 抑制の効いた展開が後味を暖かくしました。 |
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