オペラ座の怪人
The Phantom of the Opera


2005年01月30日 東京 日劇1 にて
あの有名なオペラがついに映画化。


written by ジャックナイフ
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19世紀後半、パリのオペラ座には、怪人(ファントム)が棲んでいて、誰もその正体を知らず、そして誰も彼には逆らえませんでした。孤児で住み込みの座員クリスティーヌ(エミー・ロッサム)は天賦の才能と姿を現さない謎の師匠の指導により、主役の代役に抜擢され舞台は大成功で、一躍スターとなります。この謎の師匠こそが、オペラ座の怪人(ジェラルド・バトラー)で、彼女の音楽の才能を目覚めさせたことにご満悦だったのですが、劇場のパトロンとクリスティーヌが恋仲になってしまうと、嫉妬の炎がメラメラと燃え上がってしまいます。顔半分が醜くつぶれた怪人は自分の想いをいびつに表現することしかできないまま、彼のオペラ、「ドンファン」の初日を迎えるのです、そう、忌まわしい事件の起こったあの夜が。

もう20年以上前になるのですが、ロバート・イングランド主演の「オペラ座の怪人」というホラー映画がありました。ガストン・ルルーの原作をグロメイクを駆使した描いた作品でして、気色悪さを前面に出した作りながら、その気色悪さ故に、怪人の孤独や屈折した思いがなかなかドラマチックに描かれていました。そして、ミュージカル版の「オペラ座の怪人」も観る機会がありまして、こちらは音楽の魅力に圧倒されるパワフルで豪華な舞台になっていました。今回は、舞台の脚本を書いたアンドリュー・ロイド・ウェバーが、脚本・製作・音楽を担当していて、監督が職人ジョエル・シュマッカーということでかなり期待させるものがありました。予告編でもあのパイプオルガンのフレーズからメインテーマが流れるとゾクゾクさせる興奮がありました。

そんな感じで本編に臨んだのですが、これは、ミュージカルの舞台をほぼ忠実に映画化したものと言えましょう。セットの豪華さ、たくさんのエキストラなど映画ならではの贅沢がたっぷりと盛り込まれていますが、あのミュージカルの世界の中で、映画のカメラが縦横無尽に動き回ったという感じです。オープニングで、まずシャンデリアが登場した瞬間にテーマ曲が流れ、古びた劇場が一気に美しく時間をさかのぼるシーンは鳥肌ものの興奮でした。大画面、大音響の映画館のための映画になっているのです。それから、約2時間半を観客を19世紀のオペラ座に引きずり込んで放しません。見事なエンターテイメントになっています。

もともと、よくできたミュージカルを、原作者がほぼ忠実に映画化しているのですから、その意味では期待通りの出来栄えと申せましょう。ディティールに至るまでよく作りこまれたセット、そして、舞台劇を意識したかのように時に引きのカットを入れて、オリジナルの舞台に敬意を払った演出もうまいものです。シュマッカーの演出はあえて、新しい解釈や趣向を盛り込まず、舞台の空気、テンションをスクリーンの上に移しかえています。

ただ、舞台版に忠実であるが故に、映画としてのマイナス面も出てきてしまったようです。映画の場合、舞台と違うのは、アップのカットで細やかな表情を表現することができます。全てを言葉にしなくても、そこに複雑な思いを込めることができます。ところが、このミュージカルの登場人物は、全ての感情を歌い上げてしまう皆さんばかりなので、感情が一面的にしか表現しきれていません。怪人の芸術家としての顔と、かなわぬ恋に胸焦がす哀れな男が歌の歌詞にそって出たり入ったりするので、一人の人間の中の葛藤として表現しきれていないという印象を持ってしまいました。そのせいで、ホラー映画「オペラ座の怪人」には感じられた怪物ゆえの悲しみとかペーソスがあまり見えてこないのです。また、ずっとハイテンションで歌い続けるのも、緩急の緩の部分を欠いてるという印象でして、原作がミュージカルだとタメの演出がしにくいのかなとも思ってしまいました。この映画は、20世紀初頭から始まって、そこから19世紀を回想するという構成をとっています。その20世紀初頭の部分はミュージカルの枠を外していて、シュマッカーも映画らしい演出をしているのですが、メインの部分はミュージカルの縛りに苦労しているように見えてしまいました。

例えば、恋人と怪人の間で、どっちつかずになるクリスティーヌの存在の曖昧さは、舞台の時はあまり気にならなかったのですが、カメラが彼女を追えば追うほど「こいつ、何考えてんのかなあ」と気になってしまいました。エミー・ロッサムに演技力がないというよりも、音楽を優先させている演出がドラマを一歩退かせているという感じなのです。芸術家としての怪人に魅かれるというのは納得できますし、幼馴染の子爵を愛する気持ちもわかるのですが、例えば、怪人とヒロインがデュエットするナンバーを観ていると恋人同士にしか見えないのです。歌の歌詞は、登場人物の想いを歌い上げるものと、作家の想いを託したものの二種類あるのですが、後者を仲良くデュエットされると、こいつらデキてるよなあって思ってしまうのですよ。ミュージカルのお約束からすれば、そうとは限らないとはわかっていても、映画というリアルなドラマの中で二人仲良く歌ってりゃ、こいつら意気投合して仲良しさんなんだなって思ってもしまうのです。その結果、男女の機微といったものはどっかへすっ飛んでしまったようで、微妙な感情の揺らぎが見えてこないのです。

演技陣では、エミー・ロッサムが自分で歌って頑張ってました。この人、オペラやってた人らしいので、最初は新人抜擢かと思っていたら、映画でも「歌追い人」「ミスティック・リバー」「デイ・アフター・トゥモロー」という実績のある人で、「歌追い人」ではアメリカの山岳地帯に伝わる民謡を伝承する少女という準主役で美しい歌声を聞かせてくれてました。他の2本でも印象的な演技をしてまして、もっと色々な映画でお目にかかれるかも。ファントムはドスの効いた声は迫力あるものの、あまりミュージカルっぽい歌声ではないという感じでした。また、脇で登場する、ミランダ・リチャードソン、サイモン・カロウ、シアラン・ハインズといった面々が好演してまして、特にシアラン・ハインズは色々な映画で活躍していて、作品ごとに色々な顔を見せてくれています。

ケチつけてしまうところもあるのですが、それでも、音楽としてのパワーで楽しめる映画に仕上がっています。でも、ミュージカルの映画化って観る方にそれ相当の心構えが必要なのかなと思わせる映画でもありました。それとも、複雑な三角関係ってのは、ミュージカルでやるには不向きだということなのかしらん。


お薦め度×音楽と映像の贅沢なイベントを楽しむことに徹してマル。
採点★★★☆
(7/10)
ミュージカルの映画化の限界も感じられてしまって。

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