狩人と犬、最後の旅
The Last Trapper


2006年09月10日 神奈川 横浜シネマリン にて
森がなくなれば、動物たちは居場所を失い、狩人もその役目を終える。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


カナダのロッキー山脈で狩を営むノーマン・ウィンター(本人)はそろそろ引退を考えています。大手企業の森林伐採が進み、生態系は崩れつつあり、彼の狩猟方法である罠を仕掛けることも難しくなってきていました。冬の狩猟シーズンに向け、町に買出しに出かけたノーマンですが、そこで、長年の相棒であった猟犬のナヌークを交通事故で失います。ナヌークは犬ぞりを引く犬たちのリーダー格でした。友人が代わりの犬としてメスのアパッシュを彼にプレゼントします。ノーマンはアパッシュにあまり期待していなかったのですが、氷の湖にはまった彼を助けたことで、アパッシュは一躍ノーマンにとっての特別な犬となります。そして、冬が終わり、春がきます。次の冬にノーマンは再び狩猟のために山に入ることになるのでしょうか。

冒険家としての名前もあるニコラス・ヴァニエがある時知り合ったノーマン・ウィンターという狩猟家に感銘を受け、彼自身を主人公にした映画を作ったのだそうです。ヴァニエが脚本・監督を担当していて、これはドキュメンタリーではなく、実際にあったことをベースにしたドラマなのだそうです。ちょっと考えるとややこしいですが、その昔、力道山や稲尾投手の本人が主演する映画があったそうですから、それと同じ類のものかも。さらにさかのぼれば、ドキュメンタリーと言いながら、相当演出の入っていたロバート・フラハティの「アラン」までたどり着くかもしれません。ともあれ、こういう作りの映画はまったくなかったわけではないのです。

映画はノーマン・ウィンターの日々の生活を淡々と綴っていきます。犬ぞりを使って移動し、罠を仕掛けて狩をする彼の日常はそれだけで、映画的な興奮があります。さらに、新しい犬アパッシュをめぐるエピソードが挿入されますが、ドラマチックな展開にはなりません。ノーマンは自分たち猟師の存在が生態系の維持に貢献しているという自負がありますが、企業の森林伐採による生態系の崩壊によって、その役割も終わろうとしているという達観もあります。もう、彼のような猟師はほとんどいないのです。監督のヴァニエは、その失われつつある生活や文化というものを映像に残そうとしているのかもしれません。

ドキュメント風な作りではありますが、その映像の作り方は完全にドラマとしての完成度を持っています。特にティエリー・マシャドのキャメラはシネスコのフレームを最大限に生かして、かつリアルな移動ショット、俯瞰ショットを切り取っており、極寒の山岳地帯の撮影ながら、素晴らしい映像になっています。山の急斜面を登っていく犬ぞりですとか、氷の張った湖のたたずまい、春の清流で鮭を狩る熊、狼の群れの夜間ショット、大自然を切り取るその視線は画家のそれに近いものがあります。ありのままというには、あまりにも美しい構図は必見と言えましょう。

また、主人公のちょっと饒舌なナレーションが気になったのですが、、主要人物(全て実在する人)は声を俳優によって吹き替えているのです。事実の映画化から始まった企画ながら、その映画化にあたって、最大限の創意工夫がされているのです。その結果、観ている方はあたかもそこにあることのように感じることができるのです。当初、本人が主演する映画ということである種の胡散臭さを感じていたのですが、実際に本編を観ると、なるほど、これがドキュメンタリーの一つの作り方なのだな、と納得させられるものがありました。

当然、そこには、作者の明確な視点が含まれていまして、ノーマン、そして猟師たちへの想いが映像に込められています。しかし、ヴァニエは彼らの生活をできる限り淡々と描くことで、そのメッセージに説得力を与えるのに成功しています。自然の中で、その一部として生きることは、確かに素晴らしいことかもしれないですが、今、全世界の人間がそんな生活をできるかというと、それは無理。人間が増えすぎたために、自然もいつかは淘汰されざるを得ないだろうという視線がこの映画には感じられます。ノーマンはもう今年が最後の狩りになるだろうと考えています。そして、町へ下りて職探しをしなくてはとも言います。人間と自然との共存なんてかっこいいことを言っても、実際の当事者たちはその限界を知っている、そんな切ない思いを感じさせておいて、ラストで、それでもノーマンの猟師としての暮らしはまだまだ続くという見せ方をして映画は終わります。それを希望と見るか、現実の先送りと見るか、色々と考えさせるものがありました。

でも、その一方で、あの美しい風景を一度、直接見てみたいものだという観光気分にもさせられる映画でした。ただ零下50度の世界にまで出かけて、死ぬ思いをするのだろうと思うとなあ


お薦め度×ドラマ仕立てのよく演出されたドキュメンタリー。これ誉めてます。
採点★★★★
(8/10)
映像の美しさが見事です。

夢inシアター
みてある記