written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
外界が汚染されて、ある隔離施設の中で人々は暮らしていました。彼らの希望は、汚染地域外であるアイランドへ行ける抽選に当たること。この施設に3年いるリンカーン・6・エコー(ユワン・マクレガー)は最近夢見が悪いし、日々の生活に疑問点ばかりが浮かんでくるようになりました。施設の責任者メリック博士(ショーン・ビーン)はそんな彼を不安を感じています。白い服で統一され、食事や健康を過剰なまでに管理されているこの施設の目的は何なのでしょう。そして、リンカーン・6・エコーの感じる疑問の答えは、彼の存在そのものを脅かす事実へとつながっていたのです。そして同じ施設の中にいるジョーダン・2・デルタ(スカーレット・ヨハンソン)と共に施設からの脱出を図るのですが。
予告編では、かなりの部分までネタバレをさせていて、施設や主人公の正体の意外性で売る映画ではないようですが、以降、ネタバレありますので、まっさらな状態で映画に臨みたい方はパスして下さい。
主人公の住むところでは、クリーンでそして感情までが制御されている世界。ちょっと前の映画であるなら、管理された未来社会の図として見せられるような、そんな世界です。ところが、そんな世界に疑念を抱くようになった主人公が同じ境遇のヒロインと脱出を試みるというと「2300年未来への旅」を思い出すのですが、今回はもっと陰謀の匂いがぷんぷんとしてまして、実は、彼らはクローンであり、外界が汚染されているというのも嘘っぱちだったというのです。ここまでは、予告編で見せてしまっているのですから、展開の意外性を売りにしているのではなさそうです。ただし、その先のなぜクローンを隔離しておいているのかという理由がこの映画のカギになっていました。
クローンを隔離する理由は、オリジナルのスペアのためでした。病魔に侵された臓器のスペアであり、子供を産めない母親のスペア。彼らには人格もなく、もともとはずっと植物状態に置かれる筈だったのに、それだとオリジナルの完全コピーというには不備があり、人間として覚醒した形で生かされていたのでした。それでも、彼らは製品であり、人間としては扱われておらず、彼らを処分する人間たちは、良心の痛みを感じているようには見えません。でも、もともと生きてる人間のクローンですから、オリジナルの人間と同じように感じ、考え、行動するのです。でも、彼らの存在理由は死をもって全うされることになります。その事実をメリック博士はオリジナルの人間を救うという視点から正当化しようとします。そして、自分は神の領域に片足踏み込んだと思い込んでいるのです、生命の神秘に楔を打ち込んだのだと。
要は、クローンを人間だとは思っていないわけです。戦争時におけるナチスにとってのユダヤ人、或いは日本軍のとってのアジア人と同様に、同じ人間として扱う必要なしとしているのです。そもそも、世界の戦争をながめて見れば、相手を同じ人間だと思わないということから、差別や殺戮が簡単にできてしまうことが確かにあります。自分にとって正当と思える理由があれば、或いは正当だと信じ込まされてしまえば、相手に対して人でなしの行動を簡単にとれてしまう怖さを、この映画では語っています。人の命の重さだとか言ったところで、そもそも「人」と認識できてなければ、命の重さなどないに等しいのです。ナチスにとってのユダヤ人が確かにそうなのですが、ナチスと自分とを同じ位置に置くことは難しいものがありますが、自分がこの映画のようにクローンの臓器を頼るようになった時、その宿主であるクローンにどういう感情を持てるのか。映画の中では「自分の食べる牛は見たくないだろ」と一言で片付けてますが、ここにこの映画のカギがあります。
映画の半分くらいまでで、このあたりの事情がはっきりしてきます。じゃあ、後の半分はというと、脱走した主人公たちと、その追っ手による追跡劇となります。最初に提示されたテーマは置いといて、派手なカーチェイスやSFXを駆使したアクションが展開します。そのド派手パワーはさすがにマイケル・ベイだけに迫力充分。まあ、彼だけに、追う側が駅でも公道でも周囲を巻き込んでムチャクチャをやるというのもお約束でして、この追跡でかなりの一般市民の犠牲者が出たと思われるくらいの激しいアクションが展開します。
そして、クライマックスは主人公とメリック博士の一騎打ちとなるのですが、ここで、あのテーマに再度話を軌道修正するのかと期待したのですが、でっかい屋台崩しでおしまいなのは残念でした。マイケル・ベイの映画なんだから大きな期待はしちゃいけないようです。ラストも、それってとんでもない状況にあるのに、話をとっちらかして決着をつけないというのは、「ザ・ロック」でもやってたなあと後で気付きました。ドンパチをたっぷりをみせれば観客は満腹になってると思ってるのかも。
物語の核になる部分は非常に今日性があり、かつ人間の業みたいな部分にスポットをあてているのですが、映画の後半でそれをきちんとまとめなかった点は弱点と言えましょう。とはいえ、これをあまり突っ込むと新興宗教のプロパガンダ映画になっちゃう可能性もあるという厄介なネタであることも事実です。それでも、私としては、広げた話はきちんとどこかへ落とせよと思ってしまうのでした。
お薦め度 | ×△○◎ | 優生保護法とクローンに追跡アクションの三題噺。 |
採点 | ★★★ (6/10) | 荒っぽい作りの中に人種差別やナチズムの根源が垣間見られるのが興味深い。 |
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