インサイダー
The Insider


2000年05月28日 神奈川 藤沢キネマ88 にて
暴力シーン一切なしの男の闘い。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


CBSの人気報道番組「60ミニッツ」のプロデューサー、バーグマン(アル・パチーノ)はタバコの害の取材のためにもとタバコ会社の重役ワイガンド(ラッセル・クロウ)にコンタクトをとったところ、彼が不当な理由で会社をクビになり、さらに強制的に会社に有利な守秘契約を結ばされようとしているのを知ります。そして、ワイガンドは自分の知っていることを番組で話すことをバーグマンに約束します。しかし、それはタバコ業界をまるごと敵にまわすことになり、CBSそのものを窮地に追い込む可能性のあるものでした。タバコ業界は様々な手を尽くしてインタビューの放映を阻止しようとします。果たして、バーグマンとワイガンドはこの闘いに勝利することができるのでしょうか。

報道倫理とか、ジャーナリズムとか、そういうものを題材にした映画かと思っていたのですが、実物はちょっと違っていました。物語の中心にあるのは、圧力に屈しない報道のあり方なのですが、そこで語られるものは、正義とか倫理ではなく、人間の信頼関係であるというところが、この映画に見応えと説得力を与えています。「ヒート」「ラスト・オブ・モヒカン」でリアルな暴力描写で男の闘いを描いてきたマイケル・マン監督ですが、今回は、一切暴力描写なしで、男の闘いを描くことに成功しました。2時間半を越えるかなり長い映画なのですが、その長さを感じさせないテンションの高い演出は評価されてよいと思います。もともとが実話からの映画化なのですが、ここで扱われる人名会社名なほとんど実名なのだそうです。この事件自体は、1996年ですから、また5年もたっていないのにそれをネタに実名で映画を作ってしまうとは、アメリカという国はスゴイと思います。また、逆にこの映画にウソを盛りこまれたら、多分それは誰にもわからないかもしれないというところからも、スゴいと言えると思います。

この映画で描かれるのは、報道という世界における人間同士の信頼なのです。バーグマンは、ワイガンドを守るという約束で、インタビューに応じさせ、それを放映させることが、彼を守ることであることを知っています。しかし、そのインタビューは内容が、会社との守秘契約事項に抵触する可能性があるということでお蔵入りになりそうになります。ここで、バーグマンは何とか放映させるよう画策するのですが、その動機にジャーナリズムの使命なんて大それたものはありません。お蔵入りによって失われる信頼の方をバーグマンを重視するのです。こういう信念の男を演じると、パチーノはかっこよくきまるのですよ。

一方、自分のいた会社に裏切られたワイガンドの方は事情が複雑です。彼は自分のとった行動で、家族から見放され、過去も暴かれるという踏んだり蹴ったりという状態になります。しかし、彼とて正義感から、会社を内部告発する気になったようには見えません。むしろ、裏切られたことに対する復讐心の方が強かったのではないでしょうか。この映画の主人公二人のとる行動は、ヒロイックではあるのですが、単なる義憤や正義感からの行動ではないのです。このあたりを丁寧に描くことでドラマに厚みが出ました。また、バーグマンの相棒ともいうべきアンカーマンのマイクが、最初は放映中止に賛成しておきながら、後半でその非を認めるあたりも、リアルな説得力がありました。このマイクを演じたクリストファー・プラマーの好演が非常に印象的でした。最近は権力側悪役を演じることの多いプラマーですが、今回は、多少の傲慢さと、度胸と、信念を兼ね備えたベテランアンカーマンを見事に演じきりました。

その他にも、渋くもいい役者を揃えて、重厚な演技陣が、ハイテンションな演出を見事に支えています。リンジー・クローズ、ダイアン・ベノーラ、デビー・メザー、ジーナ・ガーションといった曲者女優陣を脇役にうまく使いきったあたりもかなり豪華な作りです。しかし、主役の二人とプラマー以外は、完全に脇に回っていまして、強い印象を残すまでには至りませんでした。その中では、バーグマンのアシスタントを演じたデビ・メイザーがほとんどセリフがないのに結構気になる存在になっていたのが印象的でした。この人、「クラフト」「アメリカン・ヒストリーX」などで変わったキャラを演じることの多い人ですが、ここでは仕事のできるキャリアウーマンを演じているのがちょっと意外でした。

ダンテ・スピノッティの撮影は、手持ちキャメラを多用して、ドキュメンタリータッチの絵を作り出していますが、だったら、シネスコサイズにする必要はなかったのではないかという気がしました。どうも、スーパー35から上下トリミングしているらしい絵は、上下方向の圧迫感が気になってしまいました。リサ・ジラルドとピーター・バークによる音楽は「ヒート」と同様に、全編効果音のようなタッチでドキュメンタリー風絵作りをサポートしています。ちょっと強引とも言える力強さのある映画ですが、それをうまく娯楽映画にまとめあげているのはうまい作りで、一見の価値がある作品とオススメできます。


お薦め度×2時間半以上テンション上がりっぱなし。
採点★★★★
(8/10)
役者のよさで★一つおまけ。

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