ザ・ハリケーン
The Hurricane


2000年07月01日 静岡 静岡ピカデリー2 にて
人の絆と、冤罪を描いた重厚なドラマ。


written by ジャックナイフ
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ボクシング世界チャンピオン、ルービン・カーター(デンゼル・ワシントン)はある晩、バーからの帰りにパトカーに止められ、身に覚えのない強盗殺人の罪で3回の終身刑を言い渡されてしまいます。2度の再審請求も却下され、彼は生きる希望を失いかけていました。服役中に書いた自伝が出版されて数年後、古本市で、彼の本を25セントで買った少年が彼に励ましの手紙を書き、文通から面会にいたり、少年が友人とともに、ルービンの釈放に向けての行動を起こし始めます。新しい証拠も見つかるのですが、この冤罪は警察や司法当局によるものであり、それを州の裁判所に提訴してもダメだということで、通常のステップを無視し、連邦裁判所に持ち込むことになります。しかし、これは大きな賭けであり、ここで負けたら、その証拠も無効になるという、背水の陣だったのです。

実話に基づく映画だそうです。冤罪によって無期懲役にされてしまったボクシングのチャンピオンの、20年以上の長い歳月に渡る物語であり、2時間半にまとめるにあたり、彼の本を読んで、彼の釈放に尽力しようとする黒人少年の物語を中心に据えることで、ドラマは、人の出会いと信頼の物語として、見応えのあるものに仕上がっています。

いわゆる冤罪の実話を扱っている映画を観ていて思うことなのですが、冤罪を受けた人間って、どうしてみんな立派な人格者に見えてしまうけど、本当かなあってのがあります。要はあまりにも美化してないかってことです。この映画でもデゼル・ワシントンが演じているというだけで十分美化していることになるのですが、さらにこの主人公が立派に人間として描かれているのです。冤罪という逆境が人を変えるという話ならわかりますが、冤罪を受けたものは、皆人格者なのだというような描き方は、私は反感を感じてしまうのです。この映画では、少年とルービンの心の絆のドラマへ重きを置いて、冤罪者の美化からうまく距離をとることに成功しています。この映画で泣かせるのは、冤罪を受けたルービンではなく、ルービンの閉ざされた心を開く、少年の、そしてその友人たちの行動なのです。そして、冤罪を引き起こす卑劣な人間たちがいる一方で、真実と正義を求める人々と行動があるのだということを示し、過酷な現実における希望にスポットライトをあてることに成功しています。

黒人の少年は、アル中の両親を持ち、文盲ながら、その聡明さを見込まれて、カナダ人3人が引き取って、大学まで進学させようとしています。善意のもとの恵まれた存在としての少年が、ルービンの存在を知り、何とかしてあげたいと思うようになってからが、ドラマは盛り上がりを見せてきます。それまでは、ルービンが人種偏見を持つ刑事(ダン・ヘダヤ熱演)により、無実の罪で、無期懲役にさせられ、生きる希望を失っていくまでが、描かれていて、いわゆる冤罪のかわいそうなドラマになっているのですが、少年が、ルービンに手紙を出すあたりから、人と人との絆を描いた物語が正面に出てきます。このあたりの抑制の効いた展開には泣かされっぱなしでした。ベテラン、ノーマン・ジュイソン監督は、物語としての展開の面白さに加え、この絆をドラマの中心に据えることで、人間の出会いと成長の物語として、ドラマに奥行きを与えています。だからこそ、再審請求の判決が出る前の、ルービンと少年の会話で「これで釈放できなかったら、ボクが脱獄させてやる」という言葉にルービンが苦笑するあたりが、じんわりと感動を運んで来る名シーンになり得たと思います。

ドラマの面白さという部分では、エピソードの積み重ねのうまさもさることながら、助演陣の好演も見逃せません。特に、主人公に理解を示す看守を演じたクランシー・ブラウンのいつもの悪役ぶりとは正反対のジェントルさ、そして弱気で押し出しの弱いキャラクターのデビッド・ペイマーの弁護士、さらに、人を食ったようなタヌキぶりがおかしいロッド・スタイガーの判事などが印象的でした。デンゼル・ワシントンは熱演でしたけど、その熱演が主人公を美化する方向に働いていたのが今イチという印象でした。特筆すべきは、クリストファー・ヤングの音楽が地味なアンダースコアなのですが、ドラマを煽らずじっくり押さえこむ音作りで、映画の格を上げていると思いました。


お薦め度×力強いドラマを引っ張る重厚な助演陣。
採点★★★★
(8/10)
でも冤罪だからってその人が立派だとは限らないからね。

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