written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
政府の研究所で、人間の透明化の研究をしているセバスチャン(ケビン・ベーコン)とリンダ(エリザベス・シュー)。動物の透明化には成功したのですが、もとに戻せなくて苦労していたのですが、天才セバスチャンのひらめきが問題を解決、透明ゴリラを元に戻すことに成功。しかし、国からの催促にセバスチャンは自分を使った人体実験を敢行。無事に透明人間になったセバスチャンですが、今度はうまく戻れない。ずっと透明のままになってしまった彼ですが、透明化は精神面にも悪影響を与えるのか、行動が怪しくなってきたのです。
ポール・バーホーベン監督は「氷の微笑」「スターシップ・トゥルーパーズ」など一応娯楽作品の体裁をとりながら、悪意のある展開を見せるクセのある監督です。その一方で扇情的なはずの「ショー・ガール」を妙にストレートに撮ったりするヘンな人ですが、今回のネタは透明人間というのがちょっと意外でした。だって透明人間なら、いつものグロ趣味が出しにくいですからね。と、思っていたらとんでもない、透明になる過程で、皮膚が消え、筋肉が消え、臓物が消え、最後に骨が消えるという人体解剖図の大盤振舞いを見せてくれて、やはり「ロボコップ」で不必要なグロシーンをつけたバーホーベン面目躍如という感じです。さらに透明になった主人公が女性にイタズラするという、ポルノ映画の「透明人間」モノをやってくれたり、彼ならではのサービス精神は健在でした。
透明化して元に戻らない主人公に液体ゴムを被せて仮面にするのが妙に手の込んだSFXを見せ、目のところに穴があいて、向こうが見えるゴム面が表情を変えるあたりが見事なイフェクトになってます。透明人間をこういう見せ方があるのかというところでしょうか、ここは結構感心してしまいました。
セバスチャンは透明人間を発明した時点で、自分が神になったと思いこみ、さらに自分が透明になることで、さらに舞い上がってしまうと思いきや、自分が普通の体に戻れず、軟禁状態で検査されまくりで、モルモット状態でストレスが溜まりまくってきます。こうなると、女の子にイタズラしたくもなるよなあという気がしてきますもの。このあたりの下世話感覚はあまりSF映画っぽくない一方、かなり説得力があります。脚本としては野心家マッドサイエンティストの暴走にしたかったのかもしれませんが、結局は、凡人にも理解できる、ストレスのイライラからの大暴れという印象です。
そして、後半はモンスター化したセバスチャンと研究所員との闘いになり「ディープ・ブルー」や「グリード」のような密室モンスターものになっていきます。このあたりの展開はいわゆる定番とも言うべきもので、これといった新味もないのですが、なかなかにパワフルにたたみ込む演出で結構盛り上がる見せ場になっています。透明人間というのは、透明以外は並の人間のはずなんですが、この映画の透明人間は、ジェイソンかブギーマンのようなパワフル殺人鬼になっていまして、対する線の細いヒロインとの死闘が見所というところでしょうか。
主演のエリザベス・シューは美形だけど押しだしの少ない女優さんで、この映画でも魅力的なリンダの役どころですが、相手役のケビン・ベーコンに対立するキャラクターにはなっていません。ですから、後半の死闘を演じるためには、ケビン・ベーコンの方をうんと悪役に設定しなければいけなくなり、単なる向こう見ずな野心家から、他人を殺しても自分の保身に走るセバスチャンのキャラクターは若干無理があるようにも感じました。それでも、ケビン・ベーコンは何を演じても器用にこなす人で、中盤以降は素顔が出なくなるというハンディにもかかわらず、かなり健闘しています。
マッドサイエンティストと恋人、モンスター化した科学者、そして密室状態での死闘というと、これは実はピーター・ハイアムズ監督の「レリック」と同じ設定ということに気付きました。ヒロインが、かたやペネロープ・アン・ミラー、こなたエリザベス・シューという美形細身美人という共通点もありますし、モンスター化した元恋人がヒロインにいやらしく迫るシーンがあるのも同様でして、ラストのたたみ込みの盛り上げも似たところがありました。
エンドクレジットでは、これでもかと言う位にSFXのクルーが登場しますが、これらをとりまとめて、自分カラーの映画をつくるのは大変なことだろうなあと改めて感心しました。また、ジェリー・ゴールドスミスの音楽は「氷の微笑」にSF風味を加えたという印象で、この映画のカラーを的確に押さえていました。
お薦め度 | ×△○◎ | 透明人間もスケベモンスタームービーだったのね。 |
採点 | ★★★☆ (7/10) | ケビン・ベーコンはどんな役柄もきっちりこなすと感心。 |
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