written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
サミュエル・ビック(ショーン・ペン)は妙にプライドが高くて、仕事が長続きしないようです。妻のマリー(ナオミ・ワッツ)もそこそこ愛想が尽きて別居状態。家具屋の営業になったものの、嘘をついて儲けを出すのが許せないとか、ボスの理不尽さに耐えられないとか不満ばかり。そういった不満が、自分の周囲が全て悪い、社会が悪いという発想に行ってしまい、ついには、ニクソン大統領を暗殺しようと本気で考え始め、ついには行動を起こしてしまいます。この男と普通の我々との間に一線を画すものは何なのでしょうか。
その昔、1974年にホワイトハウスに旅客機で突っ込もうとハイジャックした男がいたのだそうです。特にこれといって社会的な地位があるわけでもなく、家具屋の営業をやっていたのですが自分からやめてしまった程度の男。有名な指揮者レナード・バーンステインに「自分はこんなに頑張ってるのに社会や政治が全部悪いんだ」というのをテープに吹き込んで送りつけた男。犯罪者としては、金目当てでもなく、でも旅客機の乗客もろとも自爆テロをやろうという相当に身勝手な男です。そんな男のダメっぷり、壊れっぷりをもはや名優の域に入りつつあるショーン・ペンが熱演しています。
ダメ男とは言え、その気になれば、家具屋でもセールスを上げることができ、結婚して子供を3人も作っているというのですから、まるっきり社会で生きていけない人間というわけではありません。今流行のニートとは違う感じでしょうか。でも、普通の人がする我慢ができない。自分の価値観と反することに妥協できない、というとかっこいいんですが、要は、人としての懐の深さがないのですよ。でも、見様によっては彼の憤りは義憤であり、言い分的には「あり」だというのが何とも言い難い気分にさせられます。社会は不正に満ちていて、弱いものが騙されて虐げられるのはある意味事実です。そして、日々の生活のために妥協している私なんかはそういう社会の理不尽な仕組みから目を背けて暮らしているのです。だからと言って、この主人公に共感する気には絶対ならないのですが。
そんな彼を取り巻く環境が面白いです。彼の勤める家具店の社長(ジャック・トンプソン好演)は、典型的な商売人で、ビジネスノウハウの本やテープをサムに渡して勉強するように言います。いかにも成り上がり中小企業の社長という感じなんですが、その精力的なビジネスマンぶりはそれなりの人物なのですが、商売の駆け引きがサムには許せない。許せないったって、利益を上げるのが商売なのですし、まあ多少やなヤツではあるのですが、それなりの成功理論も持っている人物なんです。また、別居中の妻(ナオミ・ワッツがいい)とか友人(ドン・チードルがうまい)とかは、サムの子供みたいなグチにうんざりしてます。でも、そんなサムに対して友人として、元妻としてきちんと接してくれていることに、トムは感謝の念を抱くところか彼らが自分を理解してくれないと言って逆に責めてしまう。相手に甘えきっているのに、自分はそれに気づかないで被害者ヅラしている情けない中年男。ひょっとして自分もそういう奴で、単に気づいていないだけ、周囲からどっと引かれているのかもしれないと思い至ってしまいました。社会とかの矛盾に腹を立てて、それを言葉にしてしまうような人は一度冷静に自分を見直した方がよさそうです。
しかし、そういうダメあオヤジがハイジャックまでやってしまうのはなぜなんだろうって考えてしまいます。いわゆる普通の人の中の下位レベルの人間が、とんでもないことをしでかしてしまう。紙一重ともっともらしいことを言いたくなるのですが、その一線の違いはあまりにも大きいのです。この映画では、彼の狂気を丁寧に見せます。彼はレナード・バーンスタインに自分の思いを切々と語るテープを作るのですが、完全に自己陶酔の状態でテープを吹き込む姿を見てると、ああ、オレとこいつの間には深くて広い川が流れていると実感できて、ちょっとほっとします。こういう、どえらい事をやる人間を突き詰めていくと、よく我々と紙一重だというふうに言って、個人の問題を社会の問題にすり替えようとする人がいますけど、そんなことはないというのも実感できる映画になっています。でも、彼の苛立ちは確かに一理あるというところから、あたかも社会が生み出したモンスターのようにも見えてしまうのです。そこにレトリックの入る余地があるという点には注意すべきだと思います。
お薦め度 | ×△○◎ | 正直不愉快な映画なんだけど、見応えがあるのも事実なんで。 |
採点 | ★★★★ (8/10) | 狂気にも三分の理、でもこんな奴サイテー。 |
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