written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
主人公(レイフ・ファインズ)はどうやら精神病院から、社会復帰のためにリハビリ施設のようなところに移ってきました。彼はブツブツ言いながら、何かを熱心に手帳に書き留めています。記憶の底から、現れてくるのは、幼い頃の自分。父(ガブリエル・バーン)と母(ミランダ・リチャードソン)との3人暮らし。貧乏でいつも不平を言っていた母親がある日突然いなくなり酒場にいた女が家の中に入り込んで来ました。その幼い頃の記憶の中から恐るべき事件が明らかになっていくのです。
「旋律の絆」「裸のランチ」などの変な映画で有名なデビッド・クローネンバーグ監督作品です。奇抜な発想といったものが前面に出てくることの多い彼の作品の中では今回の作品は異色作と言えるのではないでしょうか。確かに映画の雰囲気は尋常ならざるテンションがずっと持続するというものですが、その基本となるストーリーはそれほど複雑なものではありません。主人公の主観で、彼が見て感じた世界がそのまま描かれるという構成になっています。この映画が彼の主観だけを描いていることは中盤以降に明らかになってきます。そして、それと同時に彼が本当に正気でないこともわかってくるのです。その一人称で語られる世界の見せ方や語り口を楽しむ映画と申せましょう。この後は映画のネタバレがありますので、未見の方はご注意下さい。
オープニングは駅へ到着した列車の中から降りてくる人、人、人。全員降り切るまでエンエンと人の群れをカメラはなめていきます。もう、これで最後かと思っていると、後一人、主人公が現れます。それも、一見してわかる変な人。神経質そうにブツブツ何か言ってる、駅とかエレベーターで絶対乗り合わせたくないタイプ。ここで、映画の空気が決まってしまい、以後、主人公のまわりには常に異様なオーラが立ち込めることになります。クローネンバーグの演出は、前半はこの狂人の行動をエンエンと追い続けます。とある町にやってきて、更正施設の門を叩き、自分の部屋に案内され荷物を下ろすまでをじっくりと見せるのですが、その不気味なテンションで目が離せない展開となっているのです。
そのうちに、主人公が彼自身の過去らしき世界へ迷い込むようになり、その中で父や母やイボンヌという父の恋人と関わることになるのですが、その舞台となる世界の中に現実の彼にいる世界が紛れ込んでくるにつれ、これは一見、彼の回想シーンのようだが実は彼の心象風景でしかないと言うことがわかってきます、さらには、彼の正気でない様子から、これは彼の空想なのかもしれないと思えてきます。
この映画では、顧客に置いてきぼりを食わせることはなく、事実と妄想の一線をかなり明確に示して物語を終わらせてくれますので、後味が「わけ、わからん」ということはないのですが、それはあくまで、第三者としての観客の視点でという点には要注意だと思います。これが主人公の視点に立ち戻ると、彼の頭の中はとっ散らかったままなのです。虚ろなまなざしで車に乗り込む主人公は、自分の記憶の混乱からまだ自分を取り戻してはいないのです。彼は、自分の記憶をせっせと書き留めているのですが、その記憶が周囲の環境によって変わってしまう、彼の過去は現時点の過去であり、それは不変ではありえないところにこの映画の怖さがあります。自己の存在が記憶の中でさえ不安定ならば、本人にとって、それは地獄と呼ぶにふさわしいものでしょう。私なら、とても正気ではいられないという気がしますもの。
原作は主人公の一人称で綴られたもののようで、それを映像化することに実験的な意味があったようですが、そういうことを抜きにした一本の映画としても、面白く仕上がっているように思います。ミステリーであり、スリラーであり、悲劇であり、そして何より人間ドラマとしての見応えがありました。登場人物の少ない映画ですが、演技陣がみな素晴らしく、特に存在感の曖昧な役どころを演じきったガブリエル・バーンが圧巻で、また、逆に存在感を見せることでドラマを混乱させるミランダ・リチャードソンが印象的でした。また、今回も音楽はハワード・ショアが手がけていますが、オケを鳴らすのではなく、静かなドラマを支える音作りに徹しています。
お薦め度 | ×△○◎ | 映画としての仕掛けと雰囲気描写が見事にマッチ。 |
採点 | ★★★★ (8/10) | 狂っている自分とどうやったら向き合えるのか。 |
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