written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
第二次大戦後も間もない、あるアメリカの漁師町で殺人事件の裁判が開かれています。その裁判を記事にしようとやってきた新聞記者イシュマエル(イーサン・ホーク)は、被告の日系二世のミヤモトの妻ハツエ(工藤夕貴)を見つけます。彼女はイシュマエルとかつて恋仲であったのですが、結局、イシュマエルは戦場へ、そしてハツエは日本人収容所に送られて別れることとなったのです。裁判の中で、このコミュニティでは、日本人が差別されていて、その裁判自体も公正であるかどうかわからなくなってきます。果たして、この殺人事件の真相とは、そしてイシュマエルとハツエの恋の行方は?
「シャイン」のスコット・ヒックス監督が、アメリカの漁師町を舞台にある裁判に関わるドラマを重厚な演出で仕上げました。原作はかなりの長編らしいですが、それを2時間7分にまとめています。ですが、語られている内容は、自由の国アメリカが奴隷解放以降にも黄色人種に合法的に行った差別政策、ある事件を巡るミステリー、失われた恋の結末、戦争のもたらす悲劇、アメリカの正義への希望など非常に盛りだくさんでして、見ようによっては盛りこみ過ぎの感もあります。しかし、ヒックスの演出はセリフによる説明を極力避けて、映像で見せることに重きを置いて、全てを語りきらないドラマを作り、1本の映画としての完成度はかなり高いと思います。
前半はある殺人事件の裁判のシーンが続きます。傍聴人である新聞記者のイーサン・ホークがなぜ主人公なのかは最初はよくわからないのですが、彼の回想からこの被告の妻であるハツエと彼が幼なじみで、かつ恋仲であったことがわかってきます。この回想の時間軸があちこちへ飛ぶので、最初のうちはどの時点の話なのか若干わかりにくい点もあるのですが、その凝った演出も映像的になかなかに魅力的で、シーンが各々大変丁寧に撮られて編集されているという印象でした。
まず、雪の降り積もる海辺の町というロケーションが美しく、海鳥、杉の林、雪景色の中に点々と建ち並ぶ家々が落ち着きのある、でも寒々した空気を運んできます。そこで第二次大戦前にはかなりの日本人移住者がいたのですが、彼ら法の決めるところで土地の所有権もなく、また、日本との開戦後は日本人だからというそれだけの理由で逮捕されたり、挙句の果ては家族もろとも収容所へ送られたりもしているのです。この収容所の日本人を描いた「愛と哀しみの旅路」が英国人アラン・パーカーの手によるものであり、今回のスコット・ヒックス監督もアメリカ人でないというのも興味深いところです。
しかし、それがドラマのメインストーリーではないことが段々とわかってきます。主人公とハツエの恋模様の方へとドラマの重心がシフトしていくからです。お互いを愛し合っていた筈の二人がどうして別れ別れになって、ハツエが人の妻になってしまったのか。その辺を全てきれいには語りきらないのですが、でも理屈ではなく、そうなってしまう二人を取り巻く空気を感じることはできます。差別、戦争、別れ、全てを乗り越えて結婚するという選択など、軽々しく口にできない時代の空気、ヒックスの演出は情緒過多と思われる部分もありますが、観客に考える余地を与えることで、ただのメロドラマに終わらせていません。段々と二人の過去がドラマの進行とともに明かになっていくのですが、その切り出し方もうまいので、法廷ドラマのミステリーの部分と二人の恋愛ドラマが見事にシンクロしています。そして、この恋愛の結末で、映画を締めるあたりも見事で、切なくも暖かい余韻は、法廷における正義への希望とともに、悲惨な過去を描いたこの映画の後味を救っていると言えましょう。
この映画の登場人物はあまり表情を顔に出しません。法廷ドラマだからかもしれませんが、上っ面だけながめると大変淡々とした作りと言えます。しかし、回想シーンのフラッシュバックといった映像のテクニック、そして、感情のテンションが高まる部分ではセリフを消して音楽を目一杯鳴らすという演出が、大変ドラマチックな印象を与えます。時として、ジェームズ・ニュートン・ハワードの音楽がドラマの主役として前面に出てくるのですが、時には悲壮に、時にはノスタルジックに、そしてまた幻想的にと、ドラマのツボを押さえて映画を盛り上げることに成功しています。
演技陣は、主役の二人以外では、判事のジェームズ・クロムウェル、保安官のリチャード・ジェンキンスの存在感が印象的でした。また、差別意識をもった検事を演じたジェームズ・レブホーンの腹芸が見事で、彼の最終弁論にそれなりの説得力が出たのは彼の抑制の効いた名演の賜物でしょう。アメリカ映画ならただの悪役になってしまいそうなキャラクターですが、そうならないところにドラマの奥行きが出ました。また、名優マックス・フォン・シドウが演じた弁護士は、最終弁論でこの映画のテーマの一つである人種差別と公正さについて一席ぶつのですが、これがとつとつと老人から語られるところに味わいと説得力が出ました。
シネスコの画面は、自然のロングショットで美しい絵を切り取りました。事件の被害者の船をロングでとらえたショットなど、それだけ切りとって部屋に飾りたいと思ったくらいで、そういう魅力的な絵が多い映画でした。また、ロケシーンの絵のシャープさも印象的でして、劇場の大スクリーンで観るべき映画に仕上がっています。
お薦め度 | ×△○◎ | 盛り込まれた内容はボリュームたっぷり。 |
採点 | ★★★★ (8/10) | ちょっと歴史の勉強をしてみようかな。 |
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