ニュースの天才
Shattered Glass


2004年12月04日 神奈川 TOHOシネマズ川崎2 にて
若い雑誌ライターが記事を捏造してたんですって。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


有名な政治雑誌「ニュー・パブリック」の若手ライター、スティーブン(ヘイデン・クリステンセン)はその力量から周囲からも一目置かれる存在でした。会長と折り合いの悪いケリー編集長が解任され、その後釜として、同僚のチャック・レーン(ピーター・サースガード)が抜擢されますが、編集部員から、チャックは前任者ほどの信頼を得る事ができずに悩んでいました。そんなある日、スティーブンの書いたハッカーの記事におかしな点があるという指摘を「フォーブス」誌記者アダム(スティーブ・ザーン)から突っ込まれます。事を穏便に済まそうとするチャックですが、どうも彼の記事は本当に矛盾が多いことがわかってきます。精神的にメロメロになってしまったスティーブンに対し、チャックはさらに追求の矛先を向けるのですが.....。

オープニングで、スティーブンは母校の学生達の前で、記者としての心得を語ります。成功者であり、学生達の憧れとしてのスティーブン・グラスがそこにいます。若いし、二枚目だし、温厚そうなルックスで、そして書く記事がすごい。そんな彼の編集部での日々を映画はゆっくりと語り始めます。前任の編集長との信頼関係、同僚とのやりとり、いわゆる普通の記者としてのスティーブンの姿が丁寧に描かれていきます。監督・脚本のビリー・レイはこの部分を大変丁寧に描いています。これによって、後半の事件への展開が、単なる欲望による記事捏造ではないことが示され、事件の全体像を重層的に浮き上がらせることに成功しています。実話の映画化としては、この見せ方は説得力を出すことにかなり成功しています。前半だけ見れば、雑誌編集部を舞台にした月9ドラマの導入部みたいですもの。

トラマに重みが出てくるのが、後半、物語の主人公がスティーブンからチャックに移っていくあたりからです。人望の厚かった前任者の後を継ぐのは、チャックにとって相当荷の重い仕事でした。そこへ持ち上がったハッカー記事の捏造疑惑です。ここで面白いのは、まず記者を信じてかばってやらないということで、チャックは非難され、さらに、記事の内容がおかしいとわかってからは、そこまで追い詰められたスティーブンに辛く当たるとまた非難されてしまうのです。管理職は辛いよ、というふうにも見えますが、観客から見てもスティーブンよりも上司のチャックの方がひどいよねえって見えてしまうところが、脚本の巧妙なところです。二枚目で頭が切れて繊細なスティーブンというキャラクターをヘイデン・クリステンセンが見事に演じきってます。最後にはいくつもの捏造記事を書いていたことがわかるのですが、だからと言って、スティーブンが裏の顔を持っていたという見せ方をしてません。スティーブンのキャラクターは変わっていない、二枚目で頭が切れて繊細なスティーブンが捏造記事を書いていたというところがこの映画の見所になっています。

報道が意識的に操作されているというのは、湾岸戦争とかイラク戦争でもおなじみでして、そこには明らかに大衆を操作したい意図と、綿密に計画されたウソが見えてきます。政府とメディアによる組織的な詐欺とでも言うのでしょうか。ところが、スティーブンの捏造記事にはそんな大それた意図も社会的意義も存在しません。サンゴ礁に落書きしたNHKカメラマンのレベルのようなものです。でも、雑誌に記事として掲載されるまでには、本当に何重ものチェックを受けるそうです(映画の中で説明されてますが、そのチェックはかなり厳しいようです。)から、そうは簡単に捏造記事なんて作れなさそうな気もします。でも、スティーブンのような編集部内でも信頼を得ている人間なら可能なのかもしれないと思わせるところにこの映画の面白さと怖さがあります。結局は、信頼関係、人と人との絆によって成り立っているという、自分の周囲を見れば当たり前のことがここで再確認されるのです。

一度築かれた信頼関係はなかなか壊れない頑強なもので、そこでウソが入り込んでもばれないままずっと先へ進んでしまうことはあるでしょう。はなから信用してないという関係ならば、もっと懐疑的なチェックが社内でも入ったはずです。でもそれじゃあ日々の人間関係がギスギスしたものになってしまいます。実際に信頼関係を築けない新編集長チャックと他の編集部員との関係はギクシャクしたものでして、それはあるべき姿ではありません。でも、チャックが本気でスティーブンの記事を疑ったからこそ、事が早く明るみに出たことも認めざるを得ません。ラストでチャックの取った行動は編集部内で支持され、彼が信頼を勝ち得るのですが、最後までみんなが、ボロボロに泣き崩れるスティーブンに同情し続けていたら、結果はもっと悪いものになっていたでしょう。

こう考えてみれば、別に報道といった特殊な世界でなくても、スティーブンのような根っからの嘘つきはいるでしょうし、それに振り回されてる人もいそうです。一見、報道の信憑性といった社会的問題といった硬い題材を扱っている映画に見えますが、実際にはどこにでもある人間関係のもろさを描いた映画のように思えたのです。でっかい陰謀がなくたってウソの入り込む余地はある、金とか権威に対する欲望だけがウソの動機ではない、人間はなかなか理屈では割り切れない行動をするというお話なのかもしれません。

ビリー・レイの演出は単純(?)な記事捏造事件を非常に面白い見せ方で料理しています。メディアを糾弾するわけでもなく、スティーブンすら非難の対象とせず、事件をミステリー風に展開させて娯楽作品としても楽しめる映画に仕上げています。特に、こういった捏造事件に対して「人間のやることだからしょうがないよなあ」というある種の諦観のようなものが感じられたので、私にとって記憶に値する映画となりました。


お薦め度×捏造事件に対する斬りこみ方がなかなか面白い。
採点★★★★
(8/10)
エンタテイメントとしても面白く、色々なことを考えさせてくれます。

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