written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
引越しで新しい家へ行く道を間違えた10歳に千尋とその両親は、不思議な人気のない街に迷いこんでしまいます。そこにあった料理に手を出した両親は豚に変身し、千尋は、名前を千に変えられてしまい、八百万の神々が休息に来るお湯屋で働かざるを得なくなります。だってそうしないと、両親も元に戻せないし、千尋も石炭にされてしまうから。千尋は、頑張って自分の仕事をこなそうとするのですが、果たして彼女は元の世界に帰ることができるのでしょうか。
私の好きなアニメに「銀河鉄道の夜」というのがありました。アニメというと戦闘シーンとか派手な音響効果が前面にでて来るというイメージがあるのですが、この映画では、「静寂」を基調として物語が展開していくというのが、大変に魅力的でした。特に静寂の空間を走る列車のイメージが印象的だったのです。この「千と千尋の神隠し」でも、周囲を水で囲まれた空間を電車が静かに走っていくというシーンがありまして、そこが最も印象に残ってしまいました。
と、この映画の局部的な感想を挙げてしまったのは、実はこの映画の全体を通した感想を表現しにくかったからなのです。全体の物語は明快なのですが、その中でこの映画を一言で語る言葉が見つからない映画なのです。オープニングで、不思議な街で、無神経な行動をとる両親と、何かよくわからないけど、畏怖の念を感じて、両親と同じ行動を取れないヒロイン。これも、子供の感性の純正を言いたいのかとも思いましたが、後の展開からすると、それがテーマでもなさそう。働かないと存在を許されないという、異界の街のルールも気になるし、そこに集まるのが八百万の神々であるというのも意味ありげです。そこをし切る湯婆婆という不気味な老女の存在、そしてさらに空を飛ぶ龍、孤独が化けて出たようなカオナシという名の妖怪、これらのアイテムを全て横並びにして、散りばめた映画という印象なのです。
そんな思わせぶりの山の中から、好きなものをピックアップして何か感じてくれという作りになっているようなのです。観客は、自分の視点、自分の生き方によって、この映画の中から色々なものを汲み取ることができるのです。ですから、この映画は間口は非常に広いと言えますが、奥行きはないという感じです。奥行きを作るのは観客の方になるという映画です。色々なテーマの絵を並べた美術館のような感じでしょうか。どこで足を止めるかは、観客の感性に委ねられるので、楽しみ方は十人十色ということになります。「もののけ姫」は勿論、「となりのやまだ君」のような映画でも、説教臭い作りをしてしまう、宮崎駿にしては、今回のアプローチは新機軸とも言えましょう。特にラストの処理で、結局全てがなかったことのように元に戻るという見せ方は、個人的には好感の持てる決着でありました。
一方、娯楽映画としてのサービスは抜かりなく、黒いムシのようなキャラクターや、術で変身させられるハエ鳥、ネズミといった連中が笑いを取りますし、お約束の飛行シーンもきちんと入っています。まあ、こういうキャラクターはマーチャンダイズと表裏一体ですから、制作費回収の保険の為にも、出さざるを得なかったのでしょう。一方、汚いクサレ神の粘液描写とか、ゲロ吐きまくるカオナシといった描写もきっちり登場しますので、単にキレイ、かわいいだけの映画にはなってません。
今回は活劇ではないので、全体的には静かな宮崎アニメということができましょう。明確な悪役も登場しませんし、これで、2時間5分は長いような気もするのですが、あちこちに散りばめられたアイテムに注意しているうちに時間がたってしまいます。静かな映画だからというわけではないのでしょうが、今回は久石譲の音楽が映像よりも前に出る傾向があり、特に前半、千尋がお湯屋に来るまでの部分では、音楽が鳴りすぎの感がありました。前半のミステリアスな展開部分は音楽を一切つけなくても、静寂感で押し通すこともできたように思います。ただそれだと、観客の小さな子供が退屈して騒ぎ出すから、音楽でメリハリをつけたほうがいいのでしょう。静かな映画ほど、子供は退屈して騒ぎますし、騒ぐ子供の側の席の大人はたまったものではありません。私の好きな「銀河鉄道の夜」も静寂感はうれしいけど、子供は絶対退屈するだろうと思いますもの。かといって、闘ったり、光りの束が飛び交ったり、大音響で圧倒するアニメばかりでは、これまたつまらないのでございます。
お薦め度 | ×△○◎ | 観方色々で、魅力も色々。 |
採点 | ★★★☆ (7/10) | 美術館を見てまわるような感じの映画。 |
|
|