written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
大恐慌で人々の心も疲弊していた頃のアメリカ。自動車で成功したものの家族を失った富豪チャールズ(ジェフ・ブリッジス)が馬主になり、流れ者の調教師トム(クリス・クーパー)を雇います。彼が見つけてきたのが一度は見放されたシービスケットという馬と、過去を持つ騎手レッド(トビー・マグワイア)でした。シービスケットは次々にレースに勝利をおさめ、どん底から這い上がろうというアメリカに希望と活気をもたらすのです。そして、それは当事者であった3人の男たちにとっても人生の再スタートへのきっかけとなるのでした。
予告編からして、実話感動巨編という売り方をしていました。3人の男と馬とアメリカンドリームの物語なんだろうとは察しがついたのですが、さて、本編を観てみますと、ドラマとしての丁寧な作りは見応え十分なのですが、予告編ほどの感動(予告編がよく出来ていて、これだけで結構涙腺刺激されました。)には至らなかったというところでしょうか。
前半は、主人公がシービスケットを中心に出会うまでをかなり丁寧に描いています。一度はアメリカンドリームを実現させながら、息子の死で妻に去られてしまうチャールズ。典型的な寡黙なカウボーイで流れ者のトム。大恐慌で破産した家族から引き離されたことが心の傷になっているレッド。彼らが出会うまでのドラマを脚本監督のゲイリー・ロスは丁寧にかつ手際よく綴っていきます。3人が出会うまでを丁寧に描いていることで、ドラマには大変奥行きが出ました。単にあらすじをなぞるようで、その要所要所で主人公3人のキャラを浮き立たせることに成功しています。
後半はシービスケットをめぐってのレースと、そして、レッドの負傷をドラマの山場として進行していきます。大変ドラマチックな展開を見せるのですが、前半で、主人公3人ひいてはアメリカそのものを語ろうとしていたのが、騎手レッドのドラマに収束してしまうのが、やや物足りなく感じました。この物語が時代の空気、時代の流れとシンクロしていくところを強調した前半の展開だっただけに、レッドの再度の挫折、再度の再スタートにまとまってしまうのが、他はどうなんだよと突っ込み入れたくなりました。
ゲイリー・ロスの演出は出来る限りセリフによる説明を避けて、人の表情でドラマを語る演出をしていますし、その演出にこたえる演技陣もそろえています。しかし、ドラマがシービスケットを中心にして回るのではなく、実は騎手レッドのドラマでしたとやられると、前半の丁寧な前振りは何だったのかと突っ込みたくなってしまうのです。
とはいえ、後半の盛り上げはなかなか感動的でして、友人の騎手に華を持たせる演出もきれいに決まっています。また、シービスケットを擬人的な存在にせず、あくまでただの馬として扱っているのも見識ではないかと思った次第です。全体的に、思い入れとか思い込みといったものをドラマから排して、淡々とドラマを進めている点は好感が持てます。また、前半ではナレーション、後半はストーリーの語り部としてウィリアム・H・メイシー(好演)扮する、アナウンサーが登場します。確かに話のボリュームからすれば、語り手の必要性は致し方ないのかもしれませんが、ストーリー部分をもっと刈り込んで、ドラマにメリハリをつけられたように思え、ならば、いっそ群像ドラマにしてくれればとも思ったのですが、このあたりは好みというか評価の分かれるところではないでしょうか。
演技陣はドラマを支えるに余りある働きをしており、登場シーンの割りには後半見せ場のなかったクリス・クーパーが大変印象的でした。でも、ドラマの中でもう少し彼のパートを大きくしてもよかったように思います。馬と騎手を見つけ出した以降、これといって本筋に絡んでこれないのは、気の毒というか勿体無いような気がしました。ジェフ・ブリッジスも後半は狂言回し的な役どころになってしまって、前半での彼の存在感がなければ、ドラマ上かなり浮いてしまったのではないかと思います。そういう意味では、脇役として登場するメンツが、お久しぶりのエド・ローターも含めて、存在感を出すことができなかったのがちょっと残念です。それは、ロスの演出だと思うのですが、ラストに騎手レッドに収束するところも、その収束のさせ方が強引だったのかもしれません。結局、他の登場人物やアメリカの当時の人々の想いまでを映画はすくいとることはできなかったということでしょうか。特に前半で印象深かったレッドの父母とか、レッドを引き取る馬主とか、もう少しフォローして欲しかったキャラクターでした。
お薦め度 | ×△○◎ | 丁寧なドラマは見応え十分なのに後味が今一つで。 |
採点 | ★★★☆ (7/10) | 前半の丁寧なキャラクターの積み上げを生かしきれずの感。 |
|
|