山の郵便配達
Postmen in the Mountain


2000年09月30日 神奈川 藤沢オデオン2番館 にて
山を歩いて郵便配達する仕事を若い息子へ引き継ぐとき。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


1980年の中国、山岳部で徒歩で郵便配達をしてきた父親(トゥン・ルウジュン)は引退し、息子に(リィウ・イェ)が継ぐことになります。息子の初仕事、父親は息子になつかない道案内の犬を見て、自分も一緒についていくことにします。山岳地帯はきつい道のりですが、そこには多くの山の人たちの生活がありました。バスの通る道もできつつあるけれど、徒歩で郵便を配達することに誇りを持っている父親と、今風の考えを持った息子、それでも、郵便配達の仕事は引き継がれ、これからも続いていくのです。

「山の郵便配達」という宮沢賢治の童話みたいなタイトルにまずひかれます。その上、今話題の中国映画ということで、素朴な人々を描いた感動のドラマかしらという気もしたのですが、本編を観てみると、確かにそういう部分もありますが、現代の中国と親子関係を描いた映画であり、単に明るい未来を夢見る映画でもありませんし、ノスタルジアに浸り込む映画でもなかったのは、うれしい驚きでした。タイトルから感じられるファンタジックなお話ではありません。

まず、設定として興味深かったのは、この郵便配達自体はもちろん公務員なのですが、ある種の出世への可能性を秘めた職種であること、そして、山道を歩いて配達するという過酷な仕事だということ。息子はそれなりの打算もあって、父親の仕事を引き継ごうとするのですが、父親も母親も無理して継がなくてもよいというスタンスでいます。仕事一本槍の父親に対して、息子は距離を置いてきたようで「父さん」と呼んだこともありません。高度経済成長期の日本の親子と似たような関係は、ある人は共感できるでしょうし、またノスタルジアを感じるかもしれませんが、今時の若い人には、何か別世界の親子に映るかもしれません。

親子が一緒に郵便配達にまわるというのがメインストーリーですが、そこに過去の回想シーンが織り込まれ、親の想い、子の想いが過不足なく伝わってくるのはフォ・ジェンチェイ監督のうまさだと思います。あまりセリフに頼らず、役者の演技とロングショットで想いを伝えようとする演出が、いくらでも「泣き」に引っ張ることができる題材を、のめり込み過ぎない節度ある視点を感じさせ、一種の叙事詩のような風景画のような印象の一編となっています。とはいえ、私も泣かされてしまったシーンはいくつかありまして、父親が涙するシーンはドキリとする感動を覚えました(表現が変ですけど、そんな感じなんです)。父親を演じたトン・ルゥジュンが人のよさそうな郵便配達を好演してまして、妙にガンコオヤジっぽくないところにリアリティを感じさせますし、息子を演じたリィウ・イェの普通っぽさも含めて、地に足のついた人々を描いているのが見事でした。

二人が配達してまわる郵便に関するエピソードもあるのですが、そこも長い人生の一瞬だけを見せるという演出になっています。山の中にバスが通る道も出来始めている、通信教育で大学へ行こうと勉強しようとする少年もいる、孫の手紙を待ちつづけるおばあさんもいる、そういう人々の今を見せることで、何かが変わってきて、今も変わりつつある時間の流れを感じさせるのです。一方、山の中に住む山岳民族はこれからも「山の人」でありつづけるであろうというところも見せます。時間の流れ方は、人や場所によって違うということを改めて認識させてくれる映画でもありました。

山の中へ郵便配達に出かけていくシーンの美しさ、そして山の中の空気感など、視覚的な見所が多く、その山の静寂の中の音を拾った音響効果も見事でして、そこへかぶさるシンセサイザーの音楽も情緒的な部分を排した音で、技術的にも相当ハイレベルな映画だと申せましょう。もともと東京の岩波ホールだけでの公開だったのですが、評判がよいことから、あちこちで拡大公開されるようになりました。私の観た藤沢の劇場でもかなりお客さんが入ってまして、こういう地味だけどいい映画が多くの人を劇場に集めているのは、別に配給会社の人間じゃないですけどうれしい気がしますし、多くの人がこの映画を観るために劇場に足を運んで欲しいと思った次第です。


お薦め度×感動もありますが、まず映画としての満腹度が高い。
採点★★★★☆
(9/10)
情緒に流れない、でも想いが伝わってくるところが圧巻。

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