母の眠り
One True Thing


1999年11月21日 東京 日比谷シャンテシネ2 にて
いわゆる正統派の死病ものだけど、感動を取っ払った意外な味わい。


written by ジャックナイフ
E-mail:64512175@people.or.jp


ニューヨークで雑誌記者をしているエレン(レニー・ゼルヴィガー)は、実家の父親(ウィリアム・ハート)から、母のケイト(メリル・ストリープ)がガンであることを知らされます。そして、母の介護をするようにと強引に言い渡されてしまいます。これまであまり母親とはうまく行ってなくて、何となくよそよそしい親子だったのですが、同居をはじめると、キャリアウーマンのエレンと、ベテラン主婦のケイトではそのギャップの大きさがますます際立ちます。ストレスでブチ切れ寸前のエレンで、ボーイフレンドともうまく行かなくなります。そんな一方ガンはケイトの体を蝕み、治療の手も施せなくなります。少しずつ母親を理解するように努めるエレンですが、果たして二人が心から和解する日は来るのでしょうか。

バリバリに仕事をこなすエレンですが、大学の学部長の父親にガンの母親の介護を命じられて、「えー、何であたしが?」と不満をもらすオープニングから、普通の死病ものと一味違うリアルな展開を予想させます。その後、母に実家にとどまるにあたって、父からでなく、自分がそう望んですることだと告げるあたりに、母と娘の距離感が感じられました。この映画が親子関係の微妙なところをうまく拾っていくあたりは、カール・フランクリンの演出よりは、原作と脚本のうまみなのかもしれません。この後も、主婦業やら地域活動を忙しく楽しくこなすケイトを見て、エレンがうんざりするのを丁寧に見せます。大学教授で作家でもある父親に比べて、一段見下してきた感のある母親と一緒になってその母親と同じ生活をするなんて、エレンにとっては苦痛以外の何物でもありません。このあたりをゼルヴィガーが説得力のある演技を見せます。不満タラタラの顔でいつも不機嫌なんですが、ここをきっちりと見せるところにこの映画の味があります。

もう一人の影の主人公とも言うべき父親の存在もかなりリアルです。仕事だなんだと言ってちっとも家に帰って来ない。母親がガンだという一家の存亡にかかわる非常事態なのに、娘に母親の介護を押し付けて自分は仕事に逃げているようにしか見えません。ウィリアム・ハートが初老の男のずるさと弱さを見事に演じきりました。愁嘆場を極力避けたフランクリンの演出のおかげで、この父親のリアルな存在感が際立ちました。

そして、このドラマの中心とも言うべきメリル・ストリープなのですが、大変よくできた母であり、妻なのですが、その出来すぎの部分が今一つリアリティを欠いてしまったのがちょっと残念でした。確かに娘と対照的な人生を歩んできて、それは大きな意味と価値があったんだということを描こうという意図はわかるのですが、娘や父親の生な存在感に比べると、欠点が見当たらないキャラクターは、娘や父親の引きたて役にはなっても、一人の人間としての重みが伴わないのです。だからこそ、メリル・ストリープという演技派スターを持ってくる必要があったのでしょう。只のスターでは演技的に脇役に負けてしまいますし、単なる演技派では、この役まわりに主役としての存在感を持たせることはできなかったでしょう。

妙に感傷的になることもなく、ドラマチックに走ることもなく、ドラマはケイトの病状のように、淡々と進みます。ラスト近くで、ケイトが娘に語る言葉が印象的でした。「結婚なんて妥協の連続」うんうんそうなんだろうなあ、多分(私は独身なもので実感がなくて)。「これが自分の生き方と決め付けてしまうと、幸せになれない。自分の目の前にあるものを愛さなければ。」おお、これはいいところ突いてるけど、はいそうですかとまるまる共感するわけにはいかないぞ。でも、そういう生き方を否定しないし、かつエレンのように競争社会の中で目的を持って行動する生き方もこの映画は否定しません。どちらかに善し悪しがあるのではなく、各々の生き方の中に善し悪しがあるのだという描き方をしているのには好感が持てました。完全無欠の母と、欠点だらけの娘という設定にしながら、二人の生き方の優劣をつけなかった演出のセンスは評価されていいと思います。

一見、何も考えず、せまいコミュニティの中で、なあなあで暮らしていると思っていた母親の生活が、結構意味のあるものだとわかってくるのですが、それでも娘はそれが自分の生き方とは異なるものだと思い続けます。理解はしてもそれをよしとしない姿勢が私には好感が持てました。エレンは、母と自分とは違う、ただそれまで見下してきた母親の生き方の価値を認識し、これまでとは違う彼女なりの人生を歩み出すというところで映画が終わります。安直に母親のような人生を選択しないところがいいのですよ。

ラストの締め方も大変静かで、感動を盛り上げたり、お涙ちょうだいになりそうなシーンをばっさりと切ってしまったような印象です。死病映画というものはこれまでにも何本も観てきましたが、結局死に行くものより看取る者の方にこそドラマがあるのだということに気づかされると、こういう映画の決着の付け方って難しいなあってつくづく思います。この映画はその点を非常にうまくさばいているという印象でした。

ロバート・ドーソンによるタイトルバックが不思議な色合いで、この映画の持つカラーをうまくオープニングで表現しています。


お薦め度×泣ける演出はないけど、娘の成長が感じられる後味がマル。
採点★★★☆
(7/10)
ウィリアム・ハートって脇に回ってもうまい。

夢inシアター
みてある記