ナン・ナーク
Nang Nak


2001年05月27日 神奈川 横浜西口名画座 にて
戦から帰ってきた夫を迎えた妻と赤ん坊はこの世のものでは…


written by ジャックナイフ
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19世紀のタイ。戦にとられるマークは、身ごもっている妻ナークとの別れを惜しみます。やっとの思いで戦場から生還したマークをナークと赤ん坊が迎えます。しかし、ナークは赤ん坊の出産時に死亡しており、マークを迎えたのは、ナークとその赤ん坊の幽霊だったのです。村にはナークの祟りで死人が続出、村の僧の説得しても、ナークの死を信じようとしないマークに業を煮やした村人たちは、ついにマークの家に焼き討ちをかけようとするのですが。

タイで大ヒットした映画だそうですが、宣伝文句ということで話半分くらいに聞いた方がいいのかな。ともあれ、出征していた兵士が家に帰ってみれば、妻も子もこの世のものではなかったという話はどこかで聞いたような設定です。「雨月物語」でも同じ設定の物語がありました。日本だと、切ない一夜の夢みたいな描かれ方になるのですが、こちらは、周囲を巻き込んでの大騒ぎになるあたり、お国柄の違いを感じさせます。信心深い仏教国であるタイでは、幽霊の存在も日本とは受け取り方が違うようです。仏教では霊魂については語らない筈ですが、それでも幽霊はいるらしくて、人間の延長というよりはほとんどお化け扱いで、あまり人格が認められているようには見えません。ですから、幽霊の住みかに松明を持って焼き討ちに出かけるというあたりも日本では考えにくい行動です。武力を持って幽霊を制圧できると少しでも考えるあたりは、幽霊を妖怪、物の怪の類とみなす文化があってのことなのでしょう。

この物語が、愛の物語としてヒットしたというのも、日本よりは、幽霊と人間のハードルが高い文化ならではという気がしてきます。確かに生きている人間を憑り殺そうとする幽霊というと、牡丹燈篭ですとか、耳無し法一の話を思い出すのですが、このナークの霊の望みは夫とずっと暮らすことだけのようです。ただし、邪魔する奴は憑り殺してしまうというかなりエゴイスティックな幽霊でもありまして、愛は盲目とでも申しましょうか。夫への愛が昂じて化け物になってしまったという見方もできましょう。異形の者が人間に想いを寄せる話なら、中国にも白蛇伝といった有名なお話もありますから、どこにでもあるお話なんでしょう、きっと。ただ、そうなると周囲の人はたまったものではありません。この映画の中で、事を収めるのは、結局はお坊さんでして、うーん、やはりこういうときに頼りになるのは仏様なのねという展開は、仏教の宣伝のようでもあり、また、お坊さんがダメだともう頼るものがなくなるという人々の思いの反映ということもできます。

ラストは暴かれた墓から引きずり出されたナークの死体に高僧が読経することでその魂を正しい方向へと導こうとするというものです。どうも、ナークの扱いが、霊が甦ったというよりも死体が甦ったという捉え方のようでして、日本なら、たとえ土葬でも、幽霊を静めるために、当人の死体を引っ張り出す事はしないだろうなあと思っていると、腐りかけの死体が、美しいナークの姿になって、ナークと現世のマークの別れのシーン(ここは一応泣かせどころ)となるのです。そこで「来世でも夫婦になろう」というあたりは、そっかー、幽霊は化け物扱いでも、輪廻転生は信じているんだなあって、妙に感心してしまいました。同じアジアの国でも、その死生観には少しずつ違いがあるんだとわかるだけでも、この映画はなかなか興味深いものがあります。

とはいえ、この映画の基本は怪談でして、死体の描写など結構グロテスクで、ナークの犠牲者の描写はかなり気色悪かったので、そのあたりは覚悟してご覧下さい。ノンスィー・ニミブットの演出はところどころ、アメリカのホラー映画を頂いたような、じらしショックを交えて、誰も知っているようなお話をそれなりにミステリアスに展開させることに成功しています。


お薦め度×いわゆる怪談の世界なんですが、そこはお国柄が出るようで。
採点★★★☆
(7/10)
夫恋しやの幽霊も周囲には結構迷惑かけるみたいですね。

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