written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
1995年にイギリスの名門ベアリング銀行が1000億円以上の巨額損失を出して破綻するという大事件が持ち上がりました。その大損の張本人ニック・リーソン(ユワン・マクレガー)はインドネシアの債権整理でその実力を認められ、シンガポールで先物取引の責任者に抜擢されたのです。そして、美しい妻にも恵まれ、順風満帆な筈だったのですが、スタッフのちょっとしたミスを埋めるために裏口座を作ってしまったら、それが10億円に膨れ上がりますが、これをうまくやりすごして損失補填に成功してしまいました。それに味をしめたのか同じ手を使ったら今度は100倍の損失をとうとう補填しきれなくなっていきます。それほど野心も悪意もなさそうなニックがなんと大それたことをしてしまったのでしょう。
実話の映画化というのは、映画が始まってから気付きました。1995年といえば、日本ではバブルも末期の頃です。そのころのシンガポールの先物取引市場が舞台です。経済にうとい私ですが、先物取引がどんなものくらいかは、会社に勧誘の電話がかかってくるので見当がつくのですが、この映画に出てくるオプション取引とかデリバティブとか言われてしまうと「??」の世界になってしまいます。それでも、この映画を楽しめたのは、ユアン・マクレガー演じる主人公の平凡さにあると申せましょう。
登場シーンからして、軽薄そうな主人公は、それでもインドネシアでの債権整理を任されて無事にその仕事を終えると、ステキな奥さんもゲットして、シンガポールの先物取引市場に栄転となります。そこで現地スタッフを雇って仕事となるのですが、見るからにボンボンなニックに、生き馬の目を抜くような先物取引がつとまるのかしらと思っていると、これがなかなかのやり手のようなんです。でもある日、スタッフの女の子がミスをしてしまって300万円ほどの損失を出してしまいます。それを補填しようとして、客の金を使って勝手に売買して儲けを出そうとするのですが、そこでさらに損失を重ねて、10億円まで膨れ上がってしまいます。なるほど、1億や2億の金なんて、こういう商売をしている人間にとってははした金なんだろうなあって気がしてきました。特に320万円から10億円まで損失が一気に膨れ上がるのに、主人公はまるで無頓着に見えるのですが、この辺りの金銭感覚がこういうところで働く人間ならではなのでしょう。個人的にはこういう仕事をしなくてつくづくよかったと思います。普段の生活の中の金銭感覚と、仕事の金銭感覚の二重帳簿は結構しんどいのではないかという気がします。
ところがこの10億円の損失を何とか補填してしまうのですから、コワイ世界です。そして、もっと大きな金額、大きなリスクのビジネスに首を突っ込んでいって、こんどは1000億円までその損失を広げてギブアップしてしまうのですから、
銀行はたまらないという気もします。でも、住専とか商工中金とか、「そごう」とかででっかい損失を作っておいて、その損失を税金にすがろうなんて連中は結局この映画の主人公と同様で、野心はあって悪意は希薄、反省とか罪の意識なんか微塵もないんだろうなあ。考えてみると腹立たしい限りなのですが、こういうのに税金を使って救済するのが日本の社会なのかと思うと、私のようなサラリーマンはたまらんという気分になります。そういう意味でも興味深い映画でした。
特に面白い(?)と思ったのは、銀行の本店側で、主人公がやたらに送金要求をしてくるのに、ロクにチェックもしないで口頭確認だけで、送ってしまっていること。不正に金を運用しているらしいという評判が立ったときに、本店がきちんと調査すれば、損失をここまで拡大することはなかったかもしれません。ところがそれをしなかったのは、不正と損失の事実にできることなら直面したくないという意識、その責任を問われたくないという意識が銀行の上層部にあったではないのでしょうか。監査をすんなりとすり抜けてしまうシステムそのものが問題だということも言えますが、やはりいやなものは見たくないという感覚は、日本だけではないようです。
主演のユアン・マクレガーは、そんじょそこらにいそうなニイちゃんをやると味のある人ですが、この映画では、そんな彼のキャラクターがぴったりとはまりました。彼の演技のおかげで、1000億円の損失を出して銀行を破綻させたことが、「とんでもない悪党だ」というよりは「人間なんてこんなもんだ」という印象になりましたもの。だからこそ、自浄作用のあるシステムが必要なのだということになるのですが、相変わらず信用商売が成り立っているのが現状ではないかしら。基本的に、人は信用できないですよ、特に金が絡んだら絶対に。
お薦め度 | ×△○◎ | 億単位の金を扱う人間が正気なわけはない。 |
採点 | ★★★☆ (7/10) | だから何?というドラマがマクレガーの好演で奥行きが出ました。 |
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