written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
ビビアン(マリ・ジョゼ・クローズ)は、大女優の娘で、ブティックのオーナーでもありますが、経営はうまくいってません、堕胎手術をしたばかりで、どうも彼女にはろくなことがありません。ある夜、酔って車を運転した彼女は年老いた男をひいてしまいます。彼女はそのまま逃げてしまい、後でその男の死を知ります。孤独で空虚な日々を送るビビアンにとって、それは運命が与えたチャンスであったのですが、まだそれに彼女は気付いていないようです。
のっけから、非現実の血生臭い屠殺場のようなところが画面に現れ、そこでおぞましくも醜い魚が前口上を始めます。「これから、語ろうとするのは、世にも美しい物語」という魚は、ナレーターとしてこの後もちょくちょく登場するのですが、なんとも気色悪いその姿がインパクト大きいです。一体どういうおぞましい話が始まるのかと思っていると、まず堕胎手術のシーンですからね。うひゃー、とんでもない映画を観に来てしまったという気分にさせられてしまったのですが、その後は、ドラマとしてマトモな展開を見せていきます。
この映画は、ビビアンというヒロインを接写撮影でえんえんと追っていくシーンが映画の半分を占めていまして、なんとなーく生きてきてしまっている孤独なヒロインの心の動きを読む映画と申せましょう。自分がひき逃げしてしまったことに対しての嫌悪感はあっても、後悔の念はなさそうな感じは、結構不愉快なヒロインなんですが、そんなヒロインがある出会いによって変わっていく、生まれ変わるというのがこの映画の眼目のようです。
デニ・ビルヌープという新進の映画作家が脚本監督を担当しているのですが、全体的な印象は、いわゆるアートっぽいという感じです。やたら挿入される渦や水飛沫のイメージとか、画面の裏読みをさせるが如き音楽の挿れ方など、全体的に「とんがっている」という印象です。娯楽映画の持つ、観客をまず楽しませてから、言いたいことを伝えようというタイプの映画ではありません。それでも、この監督は、賞をとったりして、それなりの評価をされている人らしいです。確かにアートしている映画で、前半は独り善がりの構成のようにも思えたのですが、後半はきちんとストーリーでドラマを引っ張っているので、演出家としての力量はあるようです。とはいえ、淡々とエピソードをつないでいく作りがメインなのですが、その合間に、グロテスクな魚とか、同じ時間軸を別の視点から見せなおすといった仕掛けを入れて、実験的な色合いの濃い映画になってます。
ヒロインとか、ひき逃げされた男(一応自分の家まで歩いて帰るんですよ、ひかれたのに)をじっくりと見せる演出が、彼らの孤独を際立たせます。特に一呼吸おく暗転が不思議な余韻を残すのが印象的でした。しかし、象徴的に登場する、水、魚、海といったものが最後にまとまるかと思っていたら、そうはならなかったのが残念というか、私の読みが足りないというべきか。でも、因果応報とか信賞必罰といった四文字熟語とはまるで別の精神世界の物語ですから、そのつもりで眺める必要はありそうです。ヒロインのマリ・ジョゼ・クローズが生活臭のない透明感のある女性を好演しています。グロテスクな魚の生臭さとうまく対照を成しているのです。これが生臭いヒロインだったら、正気の物語ではなくなって病気なヒロインの物語になってしまったでしょう。
お薦め度 | ×△○◎ | なんかアートしてますって雰囲気に乗れればOK。 |
採点 | ★★★ (6/10) | 水と音楽がこの映画のキーワードらしいです。 |
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