written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
いわゆるいいところのお嬢さんカトリーヌ(キアラ・マストロヤンニ)は、その家柄にふさわしく医師クレーヴのもとに嫁ぎます。ある日、ロック歌手アブルニョーザ(ペドロ・アブルニョーザ)のコンサートに招かれ、カトリーヌとアブルニョーザの視線が交わります。カトリーヌは彼にひかれ始め、そしてアプルニョーザもカトリーヌへの想いを募らせます。しかし、良家の人妻とロックスターの恋は、お互いの胸に秘められたまま、進展することはありません。しかし、その想いすら、カトリーヌの良心の呵責となり、ついには、自分は愛する夫がありながら、別に心ひかれる人がいることを、夫であるクレーヴに告白してしまいます。夫は、その告白に込められたカトリーヌの誠実さと愛に、自分自身を責めてしまうのでした。この愛の結末はいかに?
マノエル・ド・オリヴェイラ監督作品でカンヌ映画祭で審査員特別賞を授賞した作品だそうです。また、本当にロック歌手である、ペドロ・アプルチョーザがロックスター、アプルチョーザを演じています。不倫ものらしいという予備知識があったものですから、「いえ、いけませんわ。私には夫が...」なんていう展開を期待していたのですが、これが見事に期待を裏切られてしまいました。原作は17世紀のフランスが舞台だそうで、当時の倫理観、貞操観念といったものがこのドラマの柱になっているようなのです。ですから、コスプレの世界でやられたら、ちょっと舞台劇を観るような趣になったのですが、舞台を現代に移したことで、ちょっと浮世離れした、一種の純化された愛のファンタジーになりました。リアルで生臭い恋愛とか不倫を期待すると見事に肩透かしを食わされます。何しろ、カトリーヌとアプルニョーザの恋は言葉にすらならない、視線と想いだけが交錯する関係なんです。ちょっと昔の映画ですが、「恋に落ちて」を思わせるような設定なんですが、こっちの方はもっとストイックでそして深くて、残酷です。
カトリーヌは友人の修道尼に、自分の想いや悩みを打ち明けますが、全てを自分の夫にぶちまけることはしません。ましてや、アプルニョーザに自分の想いを伝えることすらしないのです。でもお互いは想いあっていることを知っている、切ない関係の中で、二人は幸せになれそうもありません。もっと不幸なことに夫であるクレーヴ氏はそんな彼女を責めることもできずじっと愛することしかできないのです。この3人の中で誰でもいい、一人でも道を踏み外してくれたら事態は進展するのに、誰もそれができません。胸をえぐるような想いだけが3人の中を駆け巡るのです。色々な不倫のパターンがある中で、ダンナの立場としては、もっともやられたくないパターンと申せましょう。妻の愛情と誠実さを実感しながら、その妻の心を奪った男に手を出す事もできない、実際、映画の中でもクレーヴ氏は精神も肉体も衰弱していってしまいます。
今風に考えれば、なんてじれったい関係なんでしょうということになるのですが、オリヴェイラの演出は1シーン1シーンを丁寧に見せることで、登場人物の心のアヤを説得力のあるものにしています。また、必要以上にテロップで展開の説明をするあたりのテンポが、現代らしからぬゆっくりとした時間の流れを感じさせます。ヒロインのキアラ・マストロヤンニ(マルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーブの娘なんですって、それにしては、普通っぽいルックスなんですけど)は、終始憂いを含んだ表情で、唯一彼女の顔が輝くのが、アプルニョーザとの出会いのシーンなんですが、後は恋する乙女の顔を見せる事はありません。
どうして、カトリーヌが今時の女性とかけ離れた倫理観、貞操観念を持つのかという点は、冒頭でそれなりに説明されています。つまり、良家のお嬢さんで、家柄のよいところへ嫁ぐことが彼女の命題であると幼いころから教育されているようなのです。ただ、それだけなら耐える女性になってしまうのでしょうが、カトリーヌは自分というものをきちんと持っていて、自己主張もするのです。ただし、その自己主張が夫にとってはどう処理してよいのか途方にくれてしまうようなものだったのです。夫の愛情にこたえ、良き妻であろうとし、かつ別の男性への恋心も受け入れているカトリーヌを、夫の前にさらけ出すのです。逆ギレでも開き直りでもない彼女の姿は、りりしくもあるのですが、男の私からすれば、ほとんど蛇ににらまれた蛙のようなものです。せめて、この妻を憎んで離縁することができれば、救われる部分もあるのですが、愛情という名の蜘蛛の糸は、クレーブ氏を徹底的に追い詰めていきます。それでも、カトリーヌはついに感情を爆発させることはありません。
ラストで意外な展開を見せるのですが、それがあまりにも突然で、何の伏線もない展開なので、私は戸惑ってしまいました。自分の想いには何の決着もつけず、別の生き方を見つけるカトリーヌの姿は美しくもあり、したたかなようにも見えます。アプルチョーザの方は、その想いを歌に込めて、これからも引きずっていくようなのに、女性ってのはタフなもんだと感心してしまいました。でも、このラストの解釈は、男女、年齢によって差が出そうなので、劇場でご確認下さい。
ともあれ、古風な倫理観を現代に持ってきた不思議な世界観がなかなかに楽しめる映画に仕上がっています。ドラマチックとは言いがたく、また、究極の恋愛というのでもないのですが、ここで演じられる抑制されたドラマは、現代だからこそ、純愛の寓話ともいうべき物語になりました。でも、私から見ると何て残酷なお話だろうとも思えてしまいました。
お薦め度 | ×△○◎ | 不倫なんだけど、一番やられてかなわないパターン。 |
採点 | ★★★★ (8/10) | 古風なのに現代を舞台にして不思議な魅力。 |
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