光の旅人
K-PAX


2002年04月22日 東京 日劇3 にて
癒しを与える不思議な男の正体とは。


written by ジャックナイフ
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精神科医であるマーク(ジェフ・ブリッジス)のもとに、プルート(ケビン・スペイシー)という男が送られてきます。物理的検査では何の問題もないのですが、自分はK-PAXという星からやってきた宇宙人だと言い張ります。穏やかな物腰で言う事もまとも、そんなプルートにマークは興味を持ちます。プルートの言うK-PAXという星が実在することが天文台で確認されます。てえことは、このプルートは本当にK-PAX星人なの?一方、病院内での彼の行動は患者たちに癒しを希望を与え始めてきました。宇宙人なんて話を真に受けるわけにはいかないマークは、プルートの過去を探り出そうとします。しかし、彼はもうすぐ自分の星に帰る日が近いことをみんなに告げるのでした。

最近、いわゆる「癒し」ってのが一つのブームになっているようで、「癒し」系の音楽とかアロマテラピーですとか、殺伐とした心に安らぎを与えるものに皆が引かれるようになっているようです。個人的にはあまり「癒し」ブームって好きじゃないんですけど、この映画もいわゆる「癒し」系映画のような宣伝をされています。でも監督はシリアスな人間ドラマ「鳩の翼」を撮ったイアン・ソフトリーですし、胡散臭いキャラのケビン・スペイシーが主演ということで、一体どういう映画になっているのかというところに興味がありました。

のっけから、スペイシーが、宇宙から来た男をイッちゃってるキャラで登場します。でも、この男、物腰は柔らかいし、突拍子もない話はしても、それを他人に押し付けようという意図もなく、精神病院に強制収容されても、それに対して不満を述べるわけではありません。天使のような善意の持ち主には見えないけれど、他人を自分の思うようにしたいというわけでもない、マークに対しても、あくまで論理的、紳士的に会話をします。誰から観ても、不思議な友人に見える男、ただ、自分はK-PAX星から来たのだと言うのです。こういう突拍子もない男を描くのに、精神病棟を舞台にするのはちょっとあざといのではないかという印象もあったのですが、ドラマの展開上、これも必然であったというのが、だんだんわかってきます。

それは、この映画の持つ独特の雰囲気にあります。やたら、射し込む光の描写が多い映画でして、「光の旅人」という邦題は映画の雰囲気を的確に伝えています。その光は、現実世界のギスギスした空気をうまく和らげていまして、柔らかい光の中で展開するドラマはまるでおとぎ話のような味わいがありました。普通の人間社会では、拒否され差別されてしまうプルートがこの精神病棟では、他の人と同等に扱われる、特別扱いはされない、そういう舞台設定が展開上必要だったのです。この映画では、プルートの言う事が本当なのか嘘なのかというところに、ドラマの葛藤を置いていません。「そうかもしれないけど、多分そんなことないよなあ、でもひょっとして?」くらいの気分でドラマは展開していくのです。

物語の中心はマークという精神科医の方にあります。どっか普通の虚言癖とは違うプルートという男を前にして、決して高飛車にならず、相手に敬意を払うべきところでは払い、そして、その彼を救おうとするマークの姿勢には、善意に裏打ちされた職業倫理があります。プルートという男によってマークが変わるという物語ではありません。でも、プルートが他人にもたらすものが、彼にももたらされるのです。それが何かということはご覧になって判断していただきたいのですが、エンドクレジットの後の1カットがその一つの答えになっているようにも思えました。

後半、プルートという男の正体がある程度わかってくるのですが、これは娯楽映画としての起承転結をつけるために無理矢理作った話という気がしました。それくらい、ストーリーの起伏がないお話なので、まあ、それもやむなしという気もするのですが、その正体の提示によって、ラストの解釈に幅が出ることにもなりました。果たして、プルートは宇宙へ帰ったのか、それともそれは単に彼の虚言だったのか、私個人としてはどちらでもいいように思えたのですが、この「どちらでもよい」ような気分がこの映画の味わいではないかと思い至りました。

精神病棟という特殊な空間で展開するドラマだけに、様々な寓意が込められているような気がしないわけではないのですが、むしろ、その寓意よりも、プルートの周囲で起こる不思議に対して、それを見守り受け入れる気分が、映画の核心のように思えたのです。相手を理解できなくても、納得できなくても、それが相手を否定する理由にはならないということ、そして、その一見優柔不断にも見える鷹揚な姿勢が、希望に結び付くことがあるということ。でも、それって「癒し」に結びつく視点なんですよ、「癒し」はあまり好きじゃないと言いながらも、この映画を観てたらそんな気分になっちゃったというところでしょうか。

イアン・ソフトリーはドラマチックな演出を極力避け、全体をソフトな味わいにまとめています。また、エドワード・シャーマーの音楽がやや軽めに鳴っていたのも、おだやかな味わいに貢献しています。ラストに流れるシェリル・クロウの歌う“Safe And Sound”も、全体の空気をうまく伝えています。主演の二人はいくらでも臭い演技のできる曲者なんですが、今回はかなり押さえているという印象でした。


お薦め度×ドラマチックをお望みの方には物足りないかも。
採点★★★★
(8/10)
ありがちな話を雰囲気よくまとめたセンスを買います。

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