ハンテッド
Hunted


2003年05月31日 神奈川 平塚シネプレックスシネマ5 にて
元特殊部隊の殺人マシンが正気を失ってしまったら?


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


コソボで活動していた米軍特殊部隊の影のヒーロー、アーロン(ベネチオ・デル・トロ)が精神を異常を来たしてしまったようで、森のハンターを惨殺。FBIの要請で追跡屋として呼ばれたは彼の元指導官LT(トミー・リー・ジョーンズ)でした。森の中で何とか彼を捕まえることに成功したものの、護送中に脱走、都会に逃げ込んだ彼を追い詰めるLT。そして、最後の対決を迎えることとなるのですが。

ウィリアム・フリードキン監督の最新作なんですが、前作「英雄の条件」が軍隊の冤罪ものというストーリーながら、舞台に中東を持ってきたことで、何かスッキリしない後味を残したのが印象的でした。今回も冒頭はコソボ地区に潜入した特殊部隊の活動から始まります。セルビア軍による虐殺シーンが尋常ではない殺しっぷりでして、その中で、セルビア軍の指揮官を暗殺するのがアーロン。この正義の介入というアメリカ軍の行動が、その後の正気を失ってからの彼の行動にだぶって見えるあたりがかなり不気味でして、フリードキンの悪意なのか、それとも無自覚なのか、そのあたりも曖昧なのが余計目に気味の悪さを感じさせます。

でも、それはあくまで隠し味的なものでして、メインのストーリーは、追う者と追われる者の戦いを1時間35分の時間にコンパクトにまとめた活劇仕立てなのです。前半、森の中での追跡から格闘シーンがなかなかの迫力でして、下手に大きな動きをしない、殺人のための殺陣が見ものです。この映画の主人公二人は決して、銃を使いません。彼らの武器はナイフでして、そのナイフによる格闘シーンをかなり念入りに見せるので、かなり痛そうな映画になりました。銃による殺人映画よりも、かなり暴力度が高くなってまして、そのせいか、日本でもPG-12という指定を受けてしまいました。

物語の展開は大変シンプルな追跡劇ではあるのですが、その設定や背景はなかなか一筋縄ではいかないものがあります。アーロンは大変優秀な兵士なのですが、一方では、何のためらいもなく人を殺すことのできる殺人マシンであり、それは国家がそうなるように教育したということになっています。そして、その教官であったLTは軍人でもなく、人を殺したこともない男で今は自然保護官の仕事をしているというのは、皮肉っぽくもあり、おぞましさも感じさせます。精神的に限界がきていたアーロンが救いを求める手紙をLTに出していたのですが、それへの返事はなかったのです。アーロンが殺人鬼になるべくしてなってしまった、そして、それを救えた者は誰もいなかったようなのです。コソボでの地獄のような体験が彼の精神を破壊したのだとすれば、それはアメリカ軍人の誰もがそうなる可能性を持っているのかもしれません。そして、狂った人間を始末するだけでは、問題の解決にはならないのですが、この映画ではそこに突っ込みを入れることはしていません。殺し合いと不正のある現実世界の中では、こういう存在が必要であるという見せ方になっているのですが、その分、アーロンに対するシンパシーとか救いといったものは映画の中では語られません。

追跡者としてのLTがアーロンを追い詰めていくあたりの、リアリティとご都合主義が半々になっている展開は娯楽性十分ですし、クライマックスのナイフによる対決も迫力満点の見せ場になっています。でも、ここでLTが何を考えているのかがよくわからないという点が気になりました。ラストシーンでも、自分が作り上げた殺人マシンへの後悔も憐憫の情もなさそうなのです。それがリアリティなのだと言ってしまえば、そうなのかもしれませんが、どう見てもLTはヒーローではないのです。ですから、物語や描写の迫力は十分なのではあるのですが、娯楽映画としてのカタルシスは得られないまま劇場を後にすることになります。同じ帰還兵と教官の間の葛藤をサブプロットにした「ランボー」では、何だかんだ言いながらも、生徒と先生の間にはそれなりの共感と信頼感があったのですが、今回はそれもなく、ひたすら殺し合いになってしまうので、観終わった後味が微妙なのです。暴力を正当化も美化もしていないという点からすれば、この映画の方が誠実なのかもしれませんが、それを娯楽映画の体裁の中でやってしまうところにフリードキンの悪意を感じとってしまいました。それとも、単に無頓着なだけなのかなあ。

役者は主人公二人がそれぞれに説得力のある演技を見せて、殺陣のシーンも迫力満点でした。トミー・リー・ジョーンズの初老の追跡者ぶりがよく、走り回るシーンでの息が上がってしまうあたりが妙にリアルでした。ベネチオ・デル・トロの狂気に走った男は、妙な奥行きよりを出さずに、群集に紛れ込んだ時の普通の人ぶりで、キャラクターを見せるあたりがうまいと思いました。また、FBI捜査官のコニー・ニールセンが、こういう映画に登場する脇の権力側キャラを好演しています。音楽のブライアン・タイラーが地味ながらも、オケを鳴らす音で、映像にメリハリをつけることに成功しています。


お薦め度×追跡と殺し合いだけの映画だけどそれなりの見応え。
採点★★★☆
(7/10)
どこか釈然としない後味がちょっと面白い。

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