ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ
Hilary and Jackie


2000年03月11日 神奈川 横浜東宝エルム にて
音楽姉妹の実話はかなり救いがないから覚悟してね。


written by ジャックナイフ
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ジャッキー(エミリー・ワトソン)とヒラリー(レイチェル・グリフィス)は幼いころから仲良し音楽姉妹です。幼いころは姉ヒラリーのフルートが大変有名でしたけど、それに負けじと頑張った妹ジャッキーのチェロが見る見る上達、天才チェリストの名を欲しいままにします。その一方ジャッキーはフルート奏者としては大成せず、それでも結婚して幸せな家庭を築いていました。ジャッキーは天才ピアニスト、ダニエル・バレンハイムと結婚しますが、そんな彼女に多発性硬化症という病魔が襲いかかります。精神的に不安定になった彼女はヒラリーのところに転がりこんで、とんでもないこと言い出します。果たして二人に幸せな結末が待っているのでしょうか。

実在した天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの一生を描いた実話だそうで、原作はこの映画でも主人公であるヒラリー・デュプレです。だからといって「ほんとうの」という邦題はいかがなものかという気がします。原題は「ヒラリーとジャッキー」ですからこっちの方がふさわしいです。「ほんとうの」とつけたせいで、キワモノの胡散臭さが出てしまいました。スキャンダラスな映画ではないのですが、これでは、セックス絡みの部分が強調されそうで、売り方としては甚だ下品でないかしら。

この姉妹、幼いころは、姉ヒラリーが自慢の種で、妹ジャッキーはその後塵を拝していたわけなのですが、段々とジャッキーが演奏家として頭角を現し、その関係が逆転するあたりが面白いところでした。このあたりの姉妹の確執がずっと先まで尾を引くのかとも思ったのですが、映画はより波乱万丈な展開となりまして、結局、お互いを分かり合える関係は、姉妹の間にしかなかったというような結末は、正直言って物足りないという印象でもありました。ジャッキーは天才的な演奏者でしたが、人間的には姉ヒラリーに甘えたところもありました。また、二人の両親が、音楽に秀でることが愛情を得られる条件のような教育方針だったこともあって、姉妹とも尋常な育ち方をしていないようなのです。早々に音楽の方で挫折して、普通の生き方を選択したヒラリーは、一家の中では脇に退いた存在になってしまったのですが、ジャッキーにとっては、それとて羨望の的になっていたようなのです。

ジャッキーという女性は傍目には大変不幸に見えてしまいました。病気だから不幸というのではなく、何かを自分で感じたり考えたりすることなく、与えられたものをこなし、後は姉との比較のみで生きてしまったとても不幸な女性というイメージです。その上に演奏家にとって致命的な病気を抱えてしまうのです。自分はチェロあっての存在にいつのまにか成り下がっていたということに気付くジャッキーは、気の毒過ぎて救いがないように思えました。その痛みに気付くのは、挫折感を知る姉ヒラリーだけであったというのが、ヒラリーにとっても不幸だったという物語と言えそうです。

ただし、ジャッキーの人生を描くにあたって、夫のダニエルをきちんと描いていないというのは、ちょっと解せないものがありました。プログラムを読むと、ダニエルからはこの映画化にあたって、協力が得られなかったということがあったそうで、また、音楽界からもブーイングが出たとのこと。どうやら、音楽家としてのジャッキーの部分は描けない事情があったのかもしれませんが、ダニエルとジャッキーの夫婦間の愛情が、姉妹間の愛情に劣っているような描き方をしているのは、本当なのかなという気もしてしまうのです。そんな突っ込みを入れたくなってしまうのも「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」なんていう下司な邦題のおかげだと言いきってしまいます。「ヒラリーとジャッキー」という原題とおりなら、この映画の描き方は大変誠実なものと言えます。ヒラリーが主人公でして、そして、語り部としてこの物語は成り立っているのが納得できますもの。

オープニングで、少女時代の二人が浜辺に立つ女性を見つけて、ジャッキーがその女性と言葉を交わすシーンがあって、またラストでそのシーンが登場します。そこに、ちょっとだけファンタジーの色合いを盛り込んで、若干の救いを見出そうというようにも見えるのですが、結局、その救いすら、周囲の人間への癒しとなっても、ジャッキー本人にとっては無意味なもののように思えてしまい、見終わった後味はかなりヘビーなものになりました。

役者は、二大女優大熱演という感じで、ワトソン、グリフィスとも見応えのある演技を見せてくれます。特にワトソン演じるジャッキーが幸せそうな顔をするシーンがほとんどなかったと後になって気付きまして、これは相当演じにくいキャラクターだったのではあるまいかと思い至ってしまいました。また、グリフィスが、ヒラリーの見せる妹への異常な愛情を的確に演じきって、ただ同情を誘うだけのヒロインにしていないところも見物です。こんな風になったのは、考えてみれば、両親の育て方に一番の問題があるわけなのですが、そのあたりにこの映画はあまり突っ込みません。本当なら、両親との確執として露見すべき問題が、姉妹間の確執にすりかえられてしまったところに悲劇の根源があると思った次第です。


お薦め度×「ほんとうの」って邦題がすごくやだ、下品ね。
採点★★★☆
(7/10)
役者がいいので見応えは十分です。

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