written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
時は18世紀のオランダ。貧乏が災いして、奉公に出されてしまう娘グリート(スカーレット・ヨハンソン)。奉公先は画家のフェルメール(コリン・ファース)。著名だけど寡作のせいか、経済的には裕福とは言い難いのですが、奥さんは年中妊娠していて子供が6人。パトロンから依頼された絵も遅々として筆が進みません。一方グリートは美に対して人一倍優れた感性を持っていました。それはフェルメールの知るところとなり、フェルメールはグリートをモデルに絵を描くことにするのですが、そんな二人の関係に、妻や姑が気付かないわけはないのでした。
フェルメールの絵って、柔らかい光の使い方で有名なんですが、描いた絵はあまり多くありません。その中の一点、真珠の耳飾りをつけた少女の絵にインスパイアされたお話なんですが、何だか実録映画を観ているような気分になってきます。変にドラマチックにならないで、絵を描くというその一瞬に濃縮されたエロチシズムが見応えがありますし、芸術というものの奥の深さを感じさせてくれます。フェルメールは妻に対してそれほどの不満は持っていないのでしょうが、自分の芸術を理解してくれないのは、今イチ面白くない、一方メイドのクリードは、彼の芸術を理解する心を持っている。だからといって、二人が恋に落ちるわけではないというあたりにこの映画の見識があります。コリン・ファースは同じ苦虫を噛み潰した顔で、恐妻家としてのフェルメールと芸術家としてのフェルメールをきっちりと演じ分けて見事でした。奥さんの前で結構情けない男になっちゃうのがおかしかったです。ホントのフェルメールもこんなだったのかしらん。だとしたら、ちょっと情けないけど、ささやかにいい奴だなって思います。
一方のヒロインは凛とした美しさと強い自我をもった女性です。でも、肉屋の息子という彼氏もできますし、浮世離れしてはいない、普通の女の子らしさもありますが、色や構図に対するセンスは、フェルメールの気を引くくらいのものを持ち合わせていました。まあ、それ以前に若くてかわいいというのがあるわけですが、それでも、芸術家としては孤独だったフェルメールの心をとらえるものがありました。そこが恋愛感情になっているのかどうかってのがすごく微妙なところになっていまして、ピーター・ウェバーの演出は、感情の押し流されない二人を節度を持って描ききりました。そのおかげで映画は、地味な味わいになりましたけど、絵のモデルとしてのヒロインが、エロテッィクに輝く一瞬があって、そこに芸術の不思議を垣間見ることができました。
私は絵心もありませんし、クリエティブなことにも無縁なんですけど、あんまり仕事したくなさそうな顔していたフェルメールが彼女と関わることで、俄然やる気出るあたりがおかしくて、妙に納得できるものがありました。また、彼のパトロン(トム・ウィルキンソンが好演)がスケベオヤジなんだけど、絵を見る目はあるという設定も、才能と人格は別物という当たり前のことをきちんと描いていて面白いと思いました。さらには、生活感のない娘夫婦にイラつきながらも、家計のやりくりに汲々とする姑の姿ですとか、クリードに悪意を持っていじめにかかるフェルメールの娘など、登場人物が皆、多面的な描かれ方をしているのが、うまいと思いました。
フェルメールを描いた映画だけに、絵作りには相当凝っています。エドゥアルド・セラのキャメラはシネスコの横長画面を美しく切り取り、やわらかな光の捉え方はフェルメールの絵の世界をそのまま現実化したようです。絵のモデルであるヒロインを捕らえたショットは、実写と油絵の区別がつきませんでしたもの。また、当時を再現するセットの落ちつきのある色使いも見事で、映像を観る映画としても、見応えは十分でして、その光と空気感を堪能するためには、劇場でご覧になるのがオススメです。
ヒロインを演じたスカーレット・ヨハンソンはまだ二十歳前なんですが、「ゴースト・ワールド」「スパイダー・パニック」といったアメリカンねーちゃんなキャラから、「ロスト・イン・トランスレーション」のような憂いの入った人妻、さらに本作のような時代物まで、様々なジャンルの映画で、どれも水準以上の演技を見せてくれていて、今後がさらに楽しみな女優さんです。素顔はきっと小生意気でかわいいんじゃないかなと思わせる、って、それは私が勝手に思っているだけなんですが。
お薦め度 | ×△○◎ | 演技、映像ともに見応え十分。光の魅力を堪能できます。 |
採点 | ★★★★ (8/10) | 芸術家の謎にちょっとだけ踏み込める気がする映画。 |
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