written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
自分の書いた芝居の初日が散々で落ち込み気味の劇作家ジェームズ・バリ(ジョニー・デップ)は、公園で4人の子供を連れた未亡人シルヴィア(ケイト・ウィンスレット)と知り合いになります。子供たちと仲良くなったバリはそれから、シルヴィアの家へ足を運ぶようになり、一方では妻(ラダ・ミッチェル)との関係は冷え切ったものになっていきます。こけた芝居の穴埋めに何か書かなくてはいけなくなったバリは、4人の子供たちとの日常をモチーフに「ピーターパン」を書き上げます。それは従来の紳士淑女を相手にした芝居とは一風変わったものでした。一方、シルヴィアは健康が思わしくなく、それを周囲に隠してきたのです。それが隠し切れなくなったとき、彼女の命の灯は消えようとしていました。
「ピーターパン」という話は実は読んだこともなくて、ディズニーのアニメを観てません。かなり昔、スピルバーグの「フック」を観たのですが、主人公が空を飛ぶところで感動したという記憶しか残っていなくて、どういう話なのか思い出せない状況でこの映画に臨みました。主演がジョニー・デップとケイト・ウィンスレットで、監督が「チョコレート」のマーク・フォースターという組み合わせで20世紀初頭のロンドンを舞台にした「ピーターパン」誕生秘話というのが意外でしたが、映画は色々と考えさせてちょっと感動させてくれる佳品に仕上がっていました。
「ピーターパン」と言えば「ピーターパン症候群」、「ネバーランド」と言えば、マイケル・ジャクソン少年虐待(?)の舞台とか今はロクなイメージがありませんが、そのもとにあるのは、子供の心を持ち続けること、そして希望はかなうと信じ続けること。でも、当時でも、バリの行動に少年愛の噂が立ったというエピソードが出てきますから、やはり、いい大人が子供とばっか遊んでいれば変な憶測を呼ぶのは今も昔も変わらないのでしょう。
この映画の中で、バリは子供の心を持ち続ける大人として描かれます。心が子供だというのは、純粋で汚れがない一方で、大人の分別や現実との妥協ができないということになります。信じれば希望はかなうって、言うは簡単ですが、実際この世はうまくいかないし、それはみんな知っていること。そして、かなわぬ希望を信じ続けることは、現実から目を背けることにもなります。大人であるバリは、子供たちに「信じることが大事だ」と説き続けるのですが、父を失い、母も病の床にある子供たちは、そんなことを素直に受け入れることはできません。いや、受け入れられないとわかっていながら信じたい気持ちが子供たちの心に葛藤を起こすのです。
バリは、子供の心を失ったまま大人として生きていくことを受け入れることができません。でも、信じることで解決するものの限界を知っています。その葛藤に、この映画は答えを出しません。なぜなら、バリは少年の心のまま、成熟していないからです。信じるふりをすることで、絶望を希望に変える可能性だってあるのですが、そんな小細工を弄するには、バリは純粋でありすぎたのでしょう。ラストで、シルヴィアは子供たちの後見人として、自分の母親とバリの二人を指名します。やはり、現実問題への対処にはバリは幼いのです。それだからこそ「ピーターパン」を書けたのであり、子供たちの心をつかんだのでしょう。
この映画で、感心したのは、子供の心と大人の心をどちらかに肩入れすることをしていないところです。大人の分別もきちんと描いていますもの。そして、全ての人に、子供の心と大人の心が共存しているという見せ方をしています。両者が一人の人間の中で共存できるから、人間は賢いし、逆境でも希望を持って明日を信じていける。映画は抑制の効いた演出で、人の心の前向きな可能性を描いていています。また、フォースターの演出は、バリの空想の世界も映像化するという見せ方をしておいて、ラストで映画ならではの仕掛けを見せます。ネバーランドを映画の中でどう見せるのかというのは、本編をご確認いただきたいのですが、大変うまい見せ方で、現実と空想、信じることによって生まれる希望を視覚化することに成功しています。
演技陣では、ケイト・ウィンスレットの存在感が圧倒的で、ホントこの人の出る映画は見逃せないです。ジョニー・デップは、少年の心を持ったまま葛藤する大人という難しい役どころを見事に演じきりました。善意の人間でありながらも、その不器用な善意の弱さを表現できているところが圧巻です。また、完全に脇役として登場するダスティン・ホフマンが大変いい味を出していまして、大人としてのユーモアと分別を見せてくれます。エンドクレジットがピアノのソロというのは珍しいのですが、この静かな曲がちょっと切ない気分にさせてくれます。エンドクレジットの曲を最後まで聴きとおすことをオススメします。
お薦め度 | ×△○◎ | 大人は大人、子供は子供の視点から色々感じ取ることができるのでは? |
採点 | ★★★★ (8/10) | 安直に結論に走らず、でも何か考えさせる映画ってのは、貴重なのかも。 |
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