written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
移動遊園地のオーナー、フェリックス(フィリップ・トレトン)の前に現れたのが、ローラ(シャルロット・ゲンズブール)という謎の女性。思わせぶりな態度で自分を雇って欲しいと言われて、フェリックスの心はちょっと揺らめいてきます。ちょっと悲しげ過去を引きずっているようなローラとフェリックスはお互いにひかれ始めるのですが、ローラにはどうやら昔の男がつきまとっているようで、さらに他にも何か隠しているようです。そんな彼女に対しても、愛情を注ぐフェリックスに彼女はとんでもないことを言い出します。果たして、二人の愛の行方は?
パトリス・ルコント監督の新作です。この人の描く恋愛って「仕立て屋の恋」にしろ「髪結いの亭主」にしろ、最近の「サン・ピエールの命」でも、愛に殉ずるっていうくらい深いものです。今回も「フェリックスとローラ」という映画もタイトルからして一種の心中ものを連想させ、また濃い展開を予想してしまいました。
でも、今回はミステリー仕立てなのです。オープニングはとあるクラブで歌っている歌手に向って銃を発砲するフェリックス、物語はそこから回想形式で展開していきます。まず、遊園地でのフェリックスとローラの出会いから、二人の愛が深まっていく様子が描かれるのですが、ローラは自分のプライバシーを一切語らず、フェリックスはそこを無理に詮索することはしません。ローラを演じたシャルロット・ゲンズブールという女優さんは、美人ではないですが、意志の強さと知性を感じさせるタイプの人ですが、ここでは、ローラのキャラクター自体が鍵となっているドラマを、彼女の演技が見事に支えています。
彼女の謎の行動には全て理由があるのですが、その理由がわかるラストで、映画は不思議な後味を残します。滑稽なようで、物悲しくて、そして切ない結末は本編をご確認頂きたいのですが、最初に期待していたドロドロの恋愛模様とは一線を画す、暖かさを感じさせる後味は、奇妙な味わいの短編小説を読むような趣がありました。フェリックスの分別ある愛情が、ローラを救い、そしてそれはフェリックスの愛情も救うことになるのです。そして、二人は愛情のスタートラインに立つというところで、映画は終わります。ルコント映画らしく、1時間29分の長さも心地よく、いわゆる小品ということになるのでしょうが、描かれた中身にはなかなか含蓄があると申せます。また、洒落た恋愛映画ということもできましょう。
人は誰しも、愛する人を特別な人と思うのと同時に、愛する人からも特別な人と思われたいということはあると思います。でも、そう思われるに値する人間かどうかと思うと、ちょっと不安になります。自分に自信が持てなければ、それは相手への猜疑心につながります。自分が誰かの心を捉えることなんかできないと思ったとき、相手の「愛してる」という言葉への信頼も揺らぎます。自分への猜疑心が相手への猜疑心となり、そして、理不尽なまでの愛情の証明を求めるようになったとき、普通ならその二人は破局を迎えることになるのですが、この映画では、その破局をフェリックスが救います。なぜなら、フェリックスはローラを信じるのと同じか、それ以上に自分自身を信頼していたから、その確固たる自信がローラに対する信頼となり、そしてローラはその信頼によって癒されることとなります。
シネスコの映像に、移動遊園地という非日常的な舞台設定がちょっと現実離れした物語を予想させるのに、その決着は、意外と自分の日常で実感できるところへと落としこまれます。自分をドラマの主人公に据えたいという気持ち、誰かにとって特別な人間でありたいという気持ちは、無意識の中に持っているのではないでしょうか。それが無意識でいられるのは、そこそこに相手をしてくれる人がいて、自分もそれに満足しているときでしょう。でも、そういう相手がいなかったり、そこそこレベルでは満足できなくなったときに、何とかして、誰かの視線を自分に向けようとするというのは、思春期なんかによくあるのではないかしら。でも大人になるに連れて、自分がそれほど特別な存在でないことに気付くのですが、それでも、自分を特別扱いしてくれる人を探してしまう、そんな不安定な精神状態はなんとなく理解できますもの。その時、何でもない自分を、特別な存在として受け入れてくれる人がいたら、ものすごくうれしいでしょう。でも、そんな奇特な人と巡り会う可能性はとてつもなく低いということも、理解できてしまうので、この映画が一種のファンタジーとして、完結してしまうのでした。
お薦め度 | ×△○◎ | 奇妙な味の短編小説の趣がいけてます。 |
採点 | ★★★★ (8/10) | フランスの恋愛映画にもこういう小品があるのね、好き。 |
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