華氏911
Fahrenheit 911


2004年08月22日 神奈川 平塚シネプレックス8 にて
誰のための戦争なのかを問うドキュメンタリー、でも今風。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


2000年の大統領選挙の結果はかなり怪しいところがありました。そこで当選したジョージ・W・ブッシュに対する風当たりも強かったのですが、9・11のテロをきっかけに様子が変わってきます。報復のための空爆が始まり、政府はテロの恐怖を国民に宣伝し、貧困層の若者を戦場へと送り出しています。でも、その裏で、軍需産業やらオイルマネーやらが大統領も巻き込んで跳梁跋扈しているようなのです。戦争に行った兵士、そして家族は問いかけます。この戦争は何のための戦争なのかと。

「ボウリング・フォー・コロンバイン」で銃社会にたてついてみせたマイケル・ムーア監督が今度は9・11同時多発テロから、イラク空爆に至るまでのアメリカそのものに対して疑問を投げかけるドキュメンタリーを作りました。しかし、今度のターゲットは銃社会という曖昧なものではなく、現アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュに向けられています。そういう意味では政治的プロパガンダ映画ということになるのですが、ムーアはあえてその姿勢を隠すことなく前面に出していますので、胡散臭さのない、そして傾聴に値する映画に仕上がっています。

今回の映画は前作のようなムーア本人が前面に出ることは少なく、前作にあったチャールトン・ヘストンに対するあざといインタビューのような仕掛けを排して、今、そこにあるアメリカを真摯に捉えようとしています。確かにネタの重さの割には、軽妙な語り口は健在でして、全体にあるユーモアは感じられるのですが、全体のバランスとしては、ユーモアとシリアスのギャップが大きいという印象になってしまいました。それは、9・11同時多発テロからイラク空爆に至る流れがあまりにも生々しい出来事だからかもしれません。

日本では、あまり知ることができなかったことも、この映画は教えてくれます。テロ直後に中東系人間の入出国に厳重な(時には過剰な)チェックが入っていた一方で、ビンラディン一族を無条件出国させていたこと。そして、貧困層の若者にターゲットを絞って、軍に勧誘しているという実情。職のない彼らにとって、軍隊は教育と技術を身につけられる最良の場所として認識されているということ。だからこそ、政府は貧困層を現状維持しておく必要があるということ。

ちょっとだけ登場するブリトニー・スピアーズのインタビューにもあるように、今政府、政策に対する批判的な意見を言いにくい状況にあるらしいことは、これまでのアメリカのイメージを大きく変えるものでした。マジョリティとマイノリティの対立といった二項対立が曖昧になり、アメリカとしての一体感が増せば増すほど言論の自由はなくなってくる。これは、日本の戦前の状況に似たものがあります。9・11同時多発テロがアメリカに国家総動員法や治安維持法(まだ大政翼賛会までは行っていないようですが)をもたらしつつあるのです。

この映画を観ていると、ブッシュが悪党だとは必ずしも言っていないことがわかります。ただし、彼の周囲に腹黒い金持ちがいっぱいいて、ブッシュ自身はあまりにも愚かだという図式が見えてきます。すべては、金、金、金。金に群がる本当の悪党どもにブッシュは操られているように見えます。アホだから大統領になれたという皮肉が、皮肉ではなく、どうやら本当にそうらしいということが見えてくるところが圧巻です。

そんな、お上の事情はさておき、実際の市民はたまったものではありません。ブッシュ政権に批判的な会話をしただけで、夜中にFBIがやってくる(これは誇張があるのではないかという気もしたのですが)ご時世になり、貧困層の集まるショッピングモールには、軍の勧誘部隊が若者たちに声をかけまくっている。イラクからの帰還兵の中には、市民を殺すのはいやだということで次の徴兵を拒否するという者がいる。イラクでの戦争は何のための戦争なのか、アメリカは世界の首根っこに匕首を突きつけているとしか思えないのです。そして、アメリカの企業が焼け跡に入って、さらに金を稼ぐという図式。昔なら、武器を作る連中を死の商人と呼んでいましたが、今や、復興のためのゼネコンや通信、輸送、全ての産業が死の商人と化しているようなのです。戦争は金になる、だからやるのだ。日本の戦争だって、そこで金儲けをした日本人がいるはずだ、敗戦を認めると損をする連中が戦争を長引かせ、特攻隊や原爆をもたらしたのではないかという気がしてきます。

ラスト近くで、イラクで息子を失った母親は言います。これまで、反戦運動の連中は国のために戦った兵士たちを非難しているひどい奴らだと思ってきた。でも、そうではなくて、彼らは戦争そのものに反対を唱えていることに気づいた、と。そして、本当の怒りや悲しみのぶつける先をホワイトハウスに見出すのです。こんなアメリカ映画、今まで観た事がありません。大統領府に面を向かって喧嘩を売るなんて。でも、この映画の語るところには傾聴に値するところが多々あるのも事実です。持てる者が、金儲けのために、持たざる者を戦場へ送る、そんな恐ろしい図式が見えてくるのですが、そこは政府のプロパガンダが巧妙で、アメリカ市民にはなかなか届かないのが現実ではないのでしょうか。そういう意味で、この映画の持つ意味は大きいですし、日本にいる我々も大いに注意を喚起すべきなのでしょう。で、それで誰が儲かるの?と。


お薦め度×メッセージが直球な分、胡散臭さが少ないのがよい。
採点★★★★
(8/10)
この映画を作るのに勇気が要るのなら、アメリカもかなりヤバいってことですね。

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