written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
コロンバイン高校の生徒たちのある日の行動が淡々と綴られていきます。家庭に問題のあるジョンは、アル中の父親に悩み、スポーツマンの二枚目は彼女と仲良くやっていて、いじめられっ子のアレックスはいつものようにいじめを受けています。イーライは写真の現像に時間を使い、変り者のミシェルはみんなから避けられています。しかし、その日の午後、アレックスとその友人エリックは完全武装して学校に乗り込んできます。そして手当たり次第に殺しまくるのです。実在のコロンバイン高校銃乱射事件の一日をドキュメンタリータッチで綴った一本です。
「ボウリング・フォー・コロンバイン」はコロンバイン高校の銃乱射事件を題材にした、反銃社会キャンペーン映画でした。銃がそこにあることの恐ろしさを伝えるために、コロンバイン高校の事件を利用したとも言える作品でした。「エレファント」では、このコロンバイン高校の事件をドキュメンタリー風に捉えたドラマとして描いています。事件の犯人については実物に近い形で描いているものの、他の登場人物は脚本と監督のガス・ヴァン・サントの創作だそうです。あまりこの人の映画を観たことがなかったのですが、「誘う女」など登場人物の描写にクセのある監督という印象がありました。この映画では、乱射事件のあった高校の風景を何も特別じゃない連中の何も特別じゃない一日として描いています。
冒頭から、高校の生徒の生活を紹介するかの淡々と見せていきます。黒地に白文字で生徒の名前が出て、その生徒のある日の様子が描かれていきます。カメラはその生徒の行動を背後からずっと追っていきます。特に、移動シーンを延々と見せるあたりが印象的でした。後半になって、銃の乱射犯であるアレックスとエリックの二人に描写の中心が移っていくのですが、その当日の行動しか見せないこと、そして、それ以前に普通の生徒たちの日常をじっくり見せられていることから、この二人の行動に特別な何かを見出すことができません。通信販売の銃を手にして試し撃ちをし、学校まで自動車で乗りつける彼ら、他の生徒と同じに見えてくるのです。ドラマチックでも何でもない、日常生活の延長線上にこの乱射事件があるという見せ方をしているのです。ドラマ的な要素を排しているので、この乱射犯二人がどういう背景で、事に及んだのかをこの映画は見せてくれません。できる限り、作者の解釈を示さずにこの事件を描こうというのは、面白いアプローチと思いますし、その試みは成功しているように思います。
感情移入をとっぱらったところから見えてくるものは、高校生たちの生活の淡々とした日々の繰り返しです。その中の一日がなぜ特別な日となったのか、それはほんの紙一重の違いだと言いたげなところにこの映画のトリッキーさを感じました。登場人物が歩いていくをエンエンと追いかけるカメラワークから見えてくるものは、テンションの低い日々の暮らしであり、一方、移動カメラのフレームの狭苦しさは、狭い視界の中にいる登場人物の非常に不安定な位置を想起させます。彼らの背中を追うカメラは彼らの周囲で何が起こっているのかをほとんど見せません。周囲との関わりが限定されているという空間を切り取ったカメラワークはなかなかに見応えがありました。このカメラワークによって、ドキュメンタリーのような印象を与えることに成功しています。
そして、その一方、同じ時間軸を登場人物の視点を変えて何度も見せるという、映画ならではの趣向も取り入れていまして、単に即興芝居をつないだのではなく、綿密な計算のもとにドラマが組み立てられているのです。その結果、映画そのものが、ドラマのようなドキュメンタリーのような得体のしれない不安定さを感じさせるつくりになっています。技巧的再現フィルムとも言うのでしょうか。そして、あくまで劇映画であることを主張しています。「ボウリング・フォー・コロンバイン」で感じた虚実織り交ぜた印象と似たものをこの映画は持っています。どちらの映画にも共通しているのは、その見せ方が巧妙なこと。「ボウリング・フォー・コロンバイン」が銃に対しての敵意を剥き出しにしていましたが、「エレファント」は、どこへも非難の矛先を向けていないように見えます。でも、この映画には、学校を中心とした学生たちを取り巻くコミュニティへの不信が感じられるのです。何事もないような日々の繰り返しの中から、このようなおぞましい事件が発生する、そのメカニズムはわからないけど、でも、彼らをそれに駆り立てたものの存在を意識させるつくりになっています。
後半、銃で武装した二人の学生が、次々に生徒や教師を殺害していく様は不気味なのですが、学校の中で起こっている異常な事態が、あくまで日常の延長線として描かれているところにこの映画の悪意を感じます。「地獄はこの世と地続きで存在する」という言葉を思い出させるラストに至って、映画はブツンと終わってしまいます。映画を観終わっても物語を引きずっているような気分にさせるという効果もあるのでしょうが、この不快な余韻がある程度計算されているところが巧みだと思いました。ただ、「ボウリング・フォー・コロンバイン」と比較して、その余韻の導く先が不明なところが余計目に不快感を呼ぶのも事実なのです。
お薦め度 | ×△○◎ | とっつきは悪いですが、見終わった後にじわじわくるものがあります。 |
採点 | ★★★★ (8/10) | 事実を見据える視線はドキュメンタリー風、でもフィクションなのがトリッキー。 |
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