ダンサー・イン・ザ・ダーク
Dancer in the Dark


2000年12月30日 静岡 静岡有楽座 にて
失明寸前のヒロインに不幸のつるべ打ち。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


セルマ(ビョーク)はチェコからの移民で金物工場で働いています。彼女は警察官ビル(デビッド・モース)の家に息子と二人暮しですが、その視力は日に日に衰えているのでした。そんな彼女の好きなものはミュージカル。自分も舞台の稽古に励んでいる一方、ミュージカル映画を友人のキャシー(カトリーヌ・ドヌーブ)と観に行くのが大好き。そんな彼女の秘密は貯金。自分の息子のためのお金です。ところがその貯金が彼女にとんでもない運命をもたらしてしまうのでした。

「奇跡の海」のラース・フォン・トリアー監督の新作です。「奇跡の海」は夫が病に倒れた妻のかなり「どっひゃー」なお話だったのですが、この映画、宣伝で観る限り、感動ものでしかもミュージカルらしいのです。本当かなあと思いながら、半信半疑でスクリーンに臨んだのですが、これがやっぱり、タダの感動ミュージカルではありませんでした。まず、冒頭が真っ暗な画面に主題曲のみがかかるというもの、そして画面が明るくなってからの映像が記録映画のような手持ちカメラによる不安定なもので、色彩も控えめな絵で、ヒロインの日常生活を描写しています。のっけから、あまり裕福でないヒロインのつましい暮らしと、彼女の視力の危機的な状況が描かれていきます。この辺では音楽はまるっきり入りませんから、この映画のどこがミュージカルやねんという気がしてきます。

ドラマが彼女の日々の暮しを追っていくうちに、突然ミュージカルナンバーが入ってきます。急に画面の色が生彩を帯び、それまでの移動カメラが安定した構図になると、そこからヒロインの歌が始まります。この後挿入されるミュージカルシーンは全てが彼女の白昼夢という設定であり、日常生活の音がそのきっかけになっているという趣向です。工場の機械の出す音、列車の通過音といったものが音楽となり、彼女の心の中のミュージカルへと展開されていくのです。2時間半の映画の中で歌のシーンは決して多くはないのですが、大変印象に残る作りになっているのです。特に列車を使ったナンバーが圧巻でした。

でもメインのストーリーは全く持って、理不尽とも思えるほどの不幸がヒロインの身に起こるのです。警察官のビルは奥さんの浪費癖で借金地獄らしくて、セルマの貯金を貸してくれと言ってきます。でも彼女は息子のためのお金だからと拒否します。すると彼は彼女の金を盗んでしまうのです。それだけなら、まだしも返せと言ってきた彼女に開き直って、その挙句にとんでもないことが起こります。このあたりは劇場でご確認頂きたいのですが、もともと善人役の多いデビッド・モースが意表を突いた小心悪役を演じきりました。

演技者としては素人のビョークに絡む人間に、いい役者を揃えていまして、モースの他にも、カトリーヌ・ドヌーブ、ピーター・ストーメア、ジャン・マルク・パールといった達者な面々がビョークを好サポートしています。特に悪役のイメージの強かったピーター・ストーメアがいい人を好演しているのはうれしい発見でした。ビョークはかなりクセの強い、思い込み強そうなキャラクターがうまくはまって、セルマという女性と一体化したような演技を見せてくれました。

ヒロインが中盤で語る言葉「ミュージカルの最後の歌は聞かない。それを聞かなければミュージカルは永遠のものになる。」がラストで大きな意味を持ってきます。ラストで、それまでヒロインの白昼夢だったミュージカルが現実の世界に割り込んできます。しかし、その現実のミュージカルナンバーをはかない夢の断末魔ととるか、人生を永遠とするものにとるのか、様々な受け取り方があると思います。私としては、この映画から救いを見つけることはできなかったのですが、現実逃避であったミュージカルが最後で彼女の生を支えるというところが大変感動的でした。

ヒロインは「ミュージカルが好き、その中では恐ろしいことが起こらないから」と言います、しかし、この映画はミュージカルでありながら、恐ろしいことが立てつづけに起こります。これって、この反語的な意味なのか、それとも、こんな結末をも、ミュージカルに位置付けることができるのか、色々と考えさせられるところの多い映画でした。でも、私にとってもっとも印象に残ったことは、悲惨なシーンでは泣かされなかったのに、歌のシーンでボロボロになってしまったことです。音楽の持つ力はすごいです。


お薦め度×一応ミュージカルなんだけど話はすごいよ。
採点★★★☆
(7/10)
ミュージカルシーンがちょっとヘンだけど魅力的。

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