written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
春日部にできた20世紀博というテーマパークは20世紀を追体験できる大人たちの大娯楽場、ひろしはスーパーヒーローに、みさえは魔女っ子になりきっておおはしゃぎ。しんちゃんやひまわりは取り残されて不満げです。次の日、20世紀博のテレビCMを観たみさえとひろしは人が変わったようになり、それは春日部中の大人も同様に、子供返りを起こして、20世紀博からのトラックに嬉々として乗り込んで行ってしまいました。実はケンという男が、暖かさも希望も失った21世紀に嫌気がさして、ついには全てを20世紀に戻して、そこで時間を止めてしまおうという陰謀だったのです。このままでは、21世紀は失われてしまう。しんちゃん率いるカスカベ防衛隊はその陰謀に立ち向かおうとするのですが、果たして正気を失ったひろしやみさえを、20世紀から21世紀へ呼び戻すことができるのでしょうか。
前作、前々作と、オヤジ心のノスタルジーをくすぐるアイテムを盛り込んで楽しませてきてくれたクレヨンしんちゃん劇場版ですが、今回は東宝マークの後、1970年の大阪万国博から始まるのです。これをリアルタイムで覚えているのは、多分35歳以上のおじさんおばさんの筈なんですが、そこにしんちゃんやみさえがいて、さらに怪獣まで現れるのです。何じゃこりゃと思っていると、そこはオチがつくのですが、なるほど、これまでは隠し味だった「あの頃」への郷愁を、今回は映画の中心に据えてきたのです。今回の悪役、ケンとチャコは20世紀で、時計を止めてしまったような町に住み、外の人間も全てその懐かしさの中に閉じ込めてしまおうとするのです。
冒頭の20世紀博で、昔のおもちゃやキャラクターに狂喜する大人たちの姿は確かに説得力があります。自分も子供の頃にワケもなく惹かれてしまうときがあります。子供の頃は、今よりもいい暮らしはしていなかったけど、何だか楽しくて明日が来るのが待ち遠しかったような気がします。過ぎてしまえばみな美しい思い出なのかもしれませんが、子供の頃の遊び、モノ、風物といったものにはどうも心惹かれるものがあります。ケンとチャコは大人たちをその当時の匂いによって洗脳しようとするのです。もしも、その匂いを日本中にばらまかれたら、大人はみんな20世紀に引き戻されて、21世紀はなくなってしまうのです。
これっていわゆる精神の退行現象なんですが、ノスタルジーの衣にくるんでしまうと、何だかもっともらしく見えてしまうのが不思議です。でも、今に背を向けてしまったら、未来も明日もあったもんじゃありません。まだ、思い出の持ち駒の少ない、これからの人生に期待するしんちゃんや子供たちにはたまったものではありません。でも、大人たちにとって「あの頃」の魅力には抗いがたいものがあります。大人には、ノスタルジアと未来への希望の両天秤のバランスをとる責任が、子供に対してあるということを、この映画は示していると申せましょう。そして、最近の大人はその責任をまっとうしていないのかもしれないという問いかけはなかなか痛いところを突いてきているように思いました。
「あの頃」の匂いに誘われて、過去に逃げ込んでしまったひろしとみさえをしんちゃんがどうやって今へ引き戻すのか、そして、日本中に「あの頃」の匂いを広める計画を阻止することができるのか。是非劇場でご確認頂きたいのですが、これが笑えて泣ける見応えのある展開を見せます。クライマックスはかなり感動してしまいましたもの。今回はアクションの仕掛けで盛り上げるのではなく、ストレートな展開を見せますから、アニメの楽しさという点では、前作にかなわないかもしれませんが、ストーリーの面白さでは今回はかなりレベル高いと思います。しかし、この映画、小さい子供に見せてどこまで物語を理解できるのかと思うくらい、大人向けのエンターテイメントになっています。別に子供の観客をバカにしてるわけではないのですが、幼い頃の郷愁に共感できないとこの映画の面白さは半分くらいしか伝わらなくなってしまいます。それでも、こんな話に仕上げてしまうスタッフの度胸はすごいと思いますし、だからこそ、いい年したオヤジが「クレヨンしんちゃん」を観る為に劇場まで足を運んでしまうのでした。
お薦め度 | ×△○◎ | ターゲットは30代後半から40代ってホント? |
採点 | ★★★★ (8/10) | 大人の分別を描いたバカアニメって結構あなどれない。 |
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