みんな誰かの愛しい人
Comme Una Image


2004年10月31日 東京 銀座テアトルシネマ にて
人と人の絆も山あり谷あり、でも、なかなか切れません。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


人気作家エチエンヌ(ジャン・ピエール・バクリ)には、若い後妻とその娘、そして前妻との間の娘ロリータ(マルリー・ベリ)がいます。ロリータは太めのボディと父親がきちんと自分の方を向いてくれないことがコンプレックスになってて、さらに、実力が足りないのに歌手になりたがっているという、かなり扱いにくいお嬢さん。歌の先生シルヴィア(アニエス・ジャヴィ)は彼女の父親が人気作家と知り、新進作家の自分の夫とのパイプになろうと、ロリータを何くれとなく気にかけてます。一方、ロリータはひょんなことから、セバスチャンという若者と知り合いになるのですが、相変わらずの被害者意識と自己チューぶりで、うまくいかないのですが、さて.....?

「ムッシュカステラの恋」の監督・主演コンビによるドラマというかコメディというか、まあ、ホームドラマということになるのでしょう。お話の中心になるのが、ロリータという太めの女の子でして、女優志望で歌手志望なんですが、天は彼女の望みの才をあたえてくれてはいないようです。歌の先生としては、歌手はあきらめるように言おうとするのですが、ロリータの父親が、自分もファンである有名な作家であるのを知って、言い出しかねてしまいます。有名な父親にもっと構って欲しいのに、なかなか相手にされないのを一応は彼氏がいるらしいのですが、実際のところ相手の男はロリータを友達以上のものとは思っていない様子。このロリータの一人相撲的な被害者意識が、身につまされるおかしさを運んできます。特別デブってほどではないし、ブサイクってほどでもないロリータなんですが、妙に自意識が高くて、周囲の人間との間に不要な溝を自ら掘ってしまいます。そんな困った彼女にこの映画はかなりうれしいハッピーエンドを用意しているのですが、このヒロインに共感できる人なら、そうは甘くはないぞとツッコミを入れたくなるかも。

この映画はロリータを中心にしてはいますが、他の登場人物もかなり深く描きこまれていて、それぞれが困ったちゃんであり、周囲からは困らせられちゃんなのです。普通の人間関係と同じく、個々の長所と短所が複雑に絡み合い、それが複雑だけど救いのある人間関係を築きあげているのが実感できます。誰もが自己チューであり、誰もが他人を思いやる一瞬があり、誰もが自分の短所に無頓着なのです。特にエチエンヌの独善的なオヤジぶりは、ああ、こんな奴いるなあっていう説得力が大きくて、その嫌な奴だとわかりながらも突き放しきれないのです。自分の父親だから、人気作家だから、といったしがらみだけではない、人間関係の機微が丁寧に、さらりと描かれています。何というか「そうそう、こういう人いるんだよねえ」という描き方でして、でもみんなそんな人間の間で日々をやり過ごしているという見せ方は、日本人の私でも共感できるところ多かったです。エチエンヌがやな奴だという一方、セバスチャンというロリータの彼氏があまりにもいい人なんですが、だからと言って、彼をヒーローのように描いてもいません。あくまで人間関係の面倒なパズルの中のピースとしての扱いです。その視点は客観的でクールとも言えるものですが、人間の良さも悪さも突き放して描いて、そこにある種のユーモアを醸し出す見せ方は、落語の人物描写に通じるものがあると思いました。

確かに人気作家の一家というある種セレブな家庭を中心に描かれたドラマではあるのですが、その描かれる中身は非常に普通。普通というのは、凡人にも実感できる日々の営みという意味でして、共感も突っ込みもできるようなエピソードが並べられています。歌の先生シルヴィアは、ロリータに歌手をやめた方がいいと伝えたいのですが、エチエンヌの娘なので、言い出しかねてしまい、それを後ろめたく感じているのですが、でも、エチエンヌともロリータとも友人として付き合い続けようとし、最後に爆発してしまうのですが、爆発すること自体にも後ろめたさが感じられるあたりのリアルな感触は見事だと思いました。「エチエンヌはひどい父親で、非難されてしかるべき、でも、そうは言うけど」の「そうは言うけど」のニュアンスをこの映画はうまく汲み取っていて、人間関係のおかしさと面倒臭さを、見事に描いています。プログラムには、フランス人やフランス人気質を描いたとか、書いてありましたけど、別にフランス限定ではない、普遍的な人間関係の機微を描いた映画だと思います。

アニエス・ジャヴィの演出は、脇のちょい役に至るまで、登場人物の存在感を感じさせる丁寧さが印象的でして、細かなエピソードの中での登場人物の思いを、きちんとスクリーンの上に表現しています。演技陣では、ジャヴィと共同で脚本を書いてる、エチエンヌ役のジャン・ピエール・バクリがやはり出色で、「憎めない」というよりは「しょうがない」という形容の方がしっくりくるオヤジをリアルな存在感で演じきりました。ロリータ役のマルリー・ベリの見ていてイライラするようなキャラなのに、どこか共感できるヒロインぶりも見事でした。突き放してるようで、見捨てていないという、作り手の登場人物との距離感が絶妙さは劇場で確認して頂きたい一編です。


お薦め度×悲喜こもごもをシニカルに描いて、でもタカビーでない視点が好き。
採点★★★★
(8/10)
全編に漂うペーソスのさじ加減が絶妙で、カサつかない微苦笑な後味がマル。

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