ビッグ・ダディ
Big Daddy


2000年06月18日 神奈川 横浜東宝エルム にて
いわゆるガキネタ、でもその保護者もガキだったら?


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


大学時代の同級生はみんなそれなりに社会的な地位を築きつつあるというのに、ソニー(アダム・サンドラー)はフラフラしています。大学時代からの彼女もそんなソニーから離れつつあります。ひょんなことから、友人の隠し子らしい男の子ジュリアンを一時的に預かるハメになったソニーですが、何をトチ狂ったか、この子の育ての親になることで、彼女の心を取り戻せると思ってしまったのですね。そして、福祉課には自分が父親と偽って子供を引き取ったのですが、彼女には既に別の恋人がいたのです。それでも、里親が見つかるまで、一緒に暮らそうということになるのですが、もともと自分がガキみたいなソニーに父親なんて務まるのかしら。

アダム・サンドラーって、アメリカでは人気があるのだそうですが、「ウェディング・シンガー」も「ウォーター・ボーイ」も日本ではヒットまでには至りませんでした。この映画もアメリカでは大ヒットだったそうですが、劇場の客席の埋まり具合は寂しい限りです。でも、映画は単純なコメディとして及第点の出来栄えになっています。冒頭のシーンから、主人公のソニーが間の悪い半人前な奴として登場しまして、その後、子供の父親役になってからもどうみても世間の模範とは程遠いキャラクターです。私が福祉課の人間だったら、こんな奴に子供の父親は任せられないと思うような奴なんですが、それでも、子供は彼になついていきます。

また、新しい彼女レイラも見つかります。これが、前の彼女のような美形じゃないけど魅力的な女性。法律事務所で働くキャリアを大事にする女性です。その動機が母親が離婚したときに定職がなくて経済的に苦労したからだというのがリアルで説得力があります。そんな彼女がジュリアンとソニーの両方にひかれていく過程はご都合主義と言えばそれまでなのでしょうが、彼女を演じたジョーイ・ローレン・アダムスが、レイラのやわらかなキャラクターを好演して、好感の持てるヒロインになっています。また、ソニーの友人の彼女を演じたレスリー・マンが、派手派手なキャラクターでして、子供とは水と油みたいに見えながら、敵役にならないあたりのセンスがうまいと思いました。

項半は親権を巡る法廷の展開となって「2番目に幸せなこと」のようなシリアスな展開となるかと思いきや、なんとなく人情話の世界になっていき、なんとなく丸く収まってしまいます。このあたりは、脇の役者がうまく笑いをとって、話を湿っぽくしないようにしています。ロブ・シュナイダーやスティーブン・ブシェーミといった面々が主人公をうまく立てて笑いをとることに成功しています。実際、サンドラーが共同脚本、共同製作に名を連ね、ほとんど全編出ずっぱりですので、彼のワンマン映画のようなイメージもありまして、監督のデニス・デューガンは全体の空気をライトにまとめることに成功しています。クライマックスも泣きのシーンになる一歩手前で止めたセンスは評価してよいと思います。ただ、1年半後のエピローグは蛇足だったように思いました。主人公の人間的成長を予感させるレベルで、十分な余韻が出たと思うのですが、エピローグのせいでお話のささやかなリアリティが薄れてしまったのが残念でした。

アダム・サンドラーという役者が向こうでは大変な人気者であるということは、知った上で観た方がよい映画です。その前提なしに観る限りでは、このソニーという男はどうみても、父親というには不似合いだし、社会的にもダメな奴の典型です。サンドラーというスターが演じることで、「実はいい人」という前提ができるのですが、それを知らないと、とてもこの結末は納得できるものではありません。日本で、向こうのコメディは当たらないと言われますが、確かにこの映画の主人公のキャラをそれだけで間に受けたら、「なんだ、調子良過ぎるぞ」と思えてしまい、物語に乗り損ねてしまいそうです。


お薦め度×主人公の困った奴ぶりがリアル。
採点★★★
(6/10)
結末がかなり強引で、その分減点。

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