シャンドライの恋
Besieged


2000年03月11日 神奈川 関内アカデミー1 にて
愛と音楽の成り行きがなかなかにスリリング。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


ローマで医学を学びながら、音楽家キンスキー(デビッド・シューリス)の家政婦をするシャンドライ(サンディ・ニュートン)はアフリカの某国の出身で夫は政治的理由で投獄されているのでした。そんな事情は知らないキンスキーがシャンドライに熱烈プロポーズ、冗談じゃないと事情を打ち明けると、キンスキーはそれで一応は納得して引っ込んで、もとの生活に戻ります。もともと叔母の遺産を継いで裕福なはずのキンスキーなのですが、段々と、家の美術品とか家具がなくなっていきます。一方のシャンドライには1通の手紙が届くのでしたが...。

ベルナルド・ベルトルッチ監督の最新作だそうです。私は昔の映画を知らないので「ラスト・エンペラー」「シェルタリング・スカイ」「リトル・ブッダ」など大作のイメージがあったのですが、今回は1時間34分という長さで登場人物もほぼ二人だけという、純粋で密度の濃いラブストーリーを作り上げました。夫ある異国からの女性、そして、一人の生活感のない芸術家の恋模様は不思議な時間の中に観客を誘うのです。

それには、音楽という大きなキーワードがあります。この映画は大変セリフの少ない構成をとっており、シャンドライを追う執拗と言ってもよい丁寧なキャメラワークと、バックの音楽によって、感情と官能のゆらめきが描写されていきます。オープニングは、アフリカのJ・C・オイワンによる「アフリカ」という曲で民族楽器を抱えたオイワン自身が画面に登場して歌われます。どうやら、これがシャンドライの音のルーツであり、感情のルーツであるようなのです。ですから、彼女にとっては、キンスキーの弾くバッハやモーツァルトの曲なんてのは、全然心に響くこともなく、聞きたいとも思わない音楽なのです。彼女がBGMとして聞いているのは、パパ・ウェンバやサリフ・ケイタといったアフリカ出身ミュージッシャンによるサウンドです。後半、キンスキーのオリジナル曲にシャンドライが心を魅かれるようになるシーンが見物でして、じっくりと見せる聞かせるベルトルッチの演出が二人の感情の高まりを描写します。とはいえ、フランス映画のようなドロドロの愛情関係になってこないところが面白いところで、全てを焼き尽くす愛ではないけど、ある一点でのみの深くて濃厚な愛情の瞬間とでも言うのでしょうか、この映画はその瞬間の点をつないでドラマにしたという印象でした。

デビッド・シューリス演じるキンスキーは最初はシャンドライの好意を示し、その後、堰を切ったように求愛します。これは、ヤバイぞ、強烈思いこみのストーカーではないかしらと思っていると、彼女に夫がいることを知って、すんなりと身を引いてしまいます。そこから先は、シャンドライに対して良き雇用主ぶりを見せるキンスキーなのですが、胸の中の想いはまだ消えていないのでした。ですが、この映画はキンスキーの立場に立って彼の狂おしい想いを描写することはしません。あくまでシャンドライ中心にドラマを描いているので、キンスキーの情熱は直接は見えず、ただ、キンスキーがシャンドライのために何かをしているらしいということと、彼女の心の動きの中から察する以外はないのです。

キンスキーの行動にシャンドライの心は揺れ動きます。何も求めない、何も語らないキンスキーに対して、シャンドライは感謝の意を表しようとするのですが、それが感謝以上のものになったのかどうかは、正直言って私には曖昧なままに見えました。感情を全て語り尽くすのではなく、シャンドライの表情、行動から読み取るという形では、その解釈に個人差が出てくるのではないかと思います。

シャンドライを演じたサンディ・ニュートンは、そのアップ多用のキャメラワークにも負けない熱演ぶりで、艶かしさと一途さを見事に共存させています。一方のデビッド・シューリスは一見おとなしめキャラクターでちょっとゲイにも見えてしまう繊細なキンスキーを熱演(と言っていいと思います)しています。脇役にゲイのコメディリリーフを置いたのは、キンスキーのキャラクターを明確にするためだったのかもしれません。

既成曲以外のオリジナル音楽を担当したのはフランコ・ゼフィレッリ版「ジェイン・エア」のアレッシオ・ヴラドでして、キンスキーが作曲したという設定のピアノ曲は彼の手によるもので、これがなかなかの聞き物です。


お薦め度×余計なものを省いた構成が清々しい印象。
採点★★★★
(8/10)
この結末をどう解釈するかで観る方の精神状態がわかる?

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