written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
操り人形使いのクレイグ(ジョン・キューザック)は職探しの結果、ビルの7.5階にある会社にファイル整理に雇われます。マキシン(キャスリーン・キーナー)という魅力的な女性ともお知り合いになれた、ある日のこと、ファイル棚の後ろに不思議な小さなドアを見つけるのです。そこは何と、俳優のジョン・マルコビッチの頭の中に通じていて、そのドアをくぐると、1度に15分だけ、ジョン・マルコビッチを体験できるのです。この奇蹟のような仕掛けで、マキシンは商売をしようと持ちかけてきます。200ドルで他人になれるわけです。クレイグの妻ロッテ(キャメロン・ディアズ)もマルコビッチになって、どうやら人生観が変わったみたいだし、クレイグはマキシンにお熱になるし、一方マキシンはマルコビッチ本人にアプローチをかけます。しかし、この仕掛けは一体何のためにあるのかしらん?
予告編からして異常でした。穴に入るとジョン・マルコビッチになれる、ってこりゃ一体なんじゃい、てなもんです。その異常な設定にたどりつくまでがまた尋常でないのですよ。主人公が訪れたオフィスは7.5階にあるんです。これが、7階と8階の間にあって、やたら天井が低い。普通の大人は立って歩けないという、1週間で腰痛で本当に立てなくなりそうなオフィスなんです。その上、秘書らしき女性には何を言ってもマトモに伝わらず、社長は相当なトシなんですがエロ話が大好き、とまあ尋常じゃない世界が既に展開しているのです。そこで主人公が知り合いになるのが、いい女マキシン。ちょっと強気でその上美形でセクシーでもあるというこのマキシンにクレイグはぞっこんになってしまいます。その上、マルコビッチ体験をして、自分の本性に目覚めてしまったロッテもマキシンにぞっこんになってしまうというケッタイな三角関係が出来あがってしまうのです。マキシンはロッテに魅力を感じてはいるようなのですが、マルコビッチ体験中のロッテに、つまりロッテが体験中のマルコビッチの方にひかれてしまうのですって。何だか文章にするとややこしいですが、要はマルコビッチ体験を通して3人はややこしい関係になってしまうのです。
そんな状況での、マルコビッチ体験ですから、リアリティをすっとばかして何でもありの世界です。スパイク・ジョーンズの演出は、ぶっ飛びな展開をうまく非日常の前振りをしておいて、ドラマをテンポ良く進めていきます。そして、本人演じるところのジョン・マルコビッチが登場してくると、これは映画そのものが悪い冗談なのではという気になってきます。だって、名優ジョン・マルコビッチがマキシンといういい女の色香にはまってしまうのですよ。ウソとホントの境目がだんだんわからなくなってきます。この映画のマルコビッチは、マルコビッチ自身を演じているのですが、それは本人とは違うマルコビッチなのです。
自分と他人の境界があやふやになるというのが、この映画のミソのようです。主人公のクレイグは、操り人形使いで、妻やマキシンそっくりの人形を使って一人芝居をしてるネクラオタクでして、こいつがマルコビッチに入りこんで、マルコビッチを好きなように操ろうと画策し始めます。ドラマ後半は、このクレイグの暴走ぶりが事態をややこしい方向に持っていきます。このクレイグという男のダメっぷりは、ドラえもんの「のび太、救いのないバージョン」というべきものなのですが、こいつの行動に共感を覚えるところもあるのが困り者です。自分ではできないことを他人になって実現する、何だか卑怯でみじめったらしいのに、それを止めることができない、そんなクレイグの感情は多かれ少なかれ、誰しも感じていることではないのかしら。
そして、クレイグの結末がやはりドラえもん風なのがおかしかったです。アイデンティティの認識というような、哲学的な方向へ話が行くのかと思っていると意外とブラックで皮肉なオチがつくのです。一方、ロッテとクレイグの方は実体を伴った関係に落ちついていくという展開は、なかなかに示唆に富むものではありますが、結構まともな考え方ではないかしら。でも、マルコビッチの穴の存在理由については、かなり理不尽な決着がつきます。
役者が適材適所でいいところを見せます。無様で胡散臭いクレイグをジョン・キューザックが情けなく好演していますし、その妻役のキャメロン・ディアズがいつものフェロモン系とは別人のようなキャラを楽しそうに演じています。また、最近、出演作の多いキャスリーン・キーナーが、ちょっと中性的なようで、セクシーで男心をくすぐるというマキシンというヒロインを魅力的に演じきりました。そして、架空の自分を演じたマルコビッチはやはり名優の名に恥じぬパワーを感じさせます。大ウソな設定でも、シリアスなキャラクターになっているマルコビッチを演じられるのは、やはり本人しかいなかったというと、鶏と卵の話みたいですね。どちらが先にあって、彼は一体誰を演じたのでしょうね。
さて、マルコビッチ体験はこの映画の中では、自分の存在を揺るがすような体験として描かれますが、最近のテレビゲームでプレイヤーになりきるアドベンチャーゲームとどこが違うのだろうという思いも頭をよぎってしまいました。確かに実在の人間の頭の中に入りこむということはすごいことなんですが、それが自分の存在にまで影響を及ぼすとは思えないのです。これはやはり、実際に穴に入ってみないとわからないことなのかもしれません。
お薦め度 | ×△○◎ | 設定よりも役者の良さが光りました。 |
採点 | ★★★☆ (7/10) | 他人の中に入れるとそんなに人生観変わるのかしら? |
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