嘘の心
au caur du mensonge


2000年02月10日 東京 キネカ大森3 にて
しっとりと見せるミステリーと夫婦愛のドラマ。


written by ジャックナイフ
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フランスの田舎町で発生した少女強姦殺人事件、その犠牲者の最後の目撃者となった絵の先生ルネ(ジャック・ガンブラン)に疑いがかかります。ルネの奥さんヴィヴィアンヌ(サンドリーヌ・ボネール)は夫を信じているのですが、そんな彼女に町の名士デモが言い寄ってきて、彼女の心は揺れ動きます。新任の女警部ルサージュ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)は慎重に捜査を進めていきますが、犯人像をつかむことができません。一方、ルネは妻の行動に不審を抱き始め、彼女に男ができたのではないかという疑念にとらわれてしまいます。果たして殺人事件の真相とは? そして、ルネとヴィヴィアンヌの手にする真実は何なのでしょうか。

誰がつけた邦題かは知りませんが「嘘の心」というタイトルにまず心魅かれました。予告編では、フランスの愛と殺人のドラマということでドロドロとした展開をするのではないかといやな予感がしたのですが、それでも、このタイトルに引かれて劇場に足を運んでしまいました。愛も殺人も登場しますけど、身を焦がす愛が、周囲を焼き尽くすというドラマではなく、日常の夫婦生活に入りこんで来た歪みを、抑制のとれたタッチで描いた見応えのある人間ドラマに仕上がっていました。「嘘の心」というのも作品の核心をきちんと押さえたものであり、ここ数年でベストの邦題ではないかしら。

映画はショッキングな少女殺人事件で幕を開けます。絵の教室帰りの女の子が森で死体となって発見されます。画家だけど最近スランプ気味のルネがルサージュ警部に疑われてしまうところから物語は始まります。足を引きづっているルネは見た目からして何だか陰気で見様によってアブない人にも見えます。奥さんのヴィヴィアンヌは明るい美人で、看護婦として家計を支えながら、夫を愛する、いわゆるいい奥さんです。ちょっと見には、変わり者のダンナに献身的に苦労もいとわない奥さんという図式ですが、それでもお互いへの愛情は本物です。そんな夫婦にふってわいたような殺人事件です。さらに、妻には言い寄る男がいたのです。海辺の田舎町を舞台にした夫婦の愛と行き違い物語を、ベテランのクロード・シャブロル監督が丁寧に描きました。

特に妻のヴィヴィアンヌを演じたサンドリーヌ・ボネールの演技が見事でした。町の名士の二枚目に声をかけられて、なんとなく心魅かれるレベルから、だんだんと気持ちが揺らめいていくあたりの展開を、控えめに、でも的確に演じきりました。最後まで、彼女に愁嘆場を演じさせないシャブロルの演出も見事でした。その抑制のきいた演出は、ルネの方も同様でして、ジャック・ガンブランが逆上したり爆発することもないけど、猜疑心と自己嫌悪に悩まされるキャラクターをリアルに演じています。確かに内向的ではありますが、人あたりが悪いわけではない、ちょっと不器用な男、そんなルネの日常がある事件をきっかけに壊されていく悲劇という捉え方もできましょう。

そして、メインの物語と並行して、美術品の盗難事件の顛末が描かれるのですが、これもメインのささやかな伏線になっているあたりの脚本はうまいものです。一応、警察の介在する事件がいくつか登場するミステリーの形をとってはいるのですが、その事件の真相がドラマの中で重要な事柄とされていないところにこの映画の面白さがあります。この映画で重要なのは、ルネにとっての真実であり、ヴィヴィアンヌにとっての真実なのです。しかし、そこにはいくつかの嘘があります。意図的につかれた嘘もあれば、真実を伝え損ねた嘘もあります。しかし、映画はその嘘の中身よりも、嘘をつくことに至った人の心を丹念に追いかけていきます。ここで「嘘の心」という題名が生きてきます。嘘かホントかということは、映画の中でほぼ語りつくされるのですが、その心の中は、観客の手に委ねられてしまい、その心の動きを噛み締める余韻が、この映画のおいしいところだと申せましょう。

また、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ演じる、警部が魅力的でした。パリからフランスの田舎町に転任したばかり、町の人々の行動は噂話から大体わかってしまい、町の誰もが知り合いであり、残虐な犯罪なんて起こりそうもないコミュニティです。そんなところで、自分の身の置き場に困りながらも真相に近づこうとするあたりが、コミカルな味わいとともに好感の持てるキャラクターになっていました。そんな田舎町で発生した、残虐な幼女殺人事件の結末はかなりこわいものでした。ラスト近くで語られる「一緒に暮らしても、何もわからない」というセリフのぞっとする重みは、語る人の意外性と共に、大変印象深いものがありました。


お薦め度×フランス映画ですけどドロドロの色恋沙汰ではないです。
採点★★★★
(8/10)
小品だけど映画館でじっくり観たい本物のドラマ。

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