アンジェラの灰
Anjela's Ash


2000年11月24日 東京 日比谷シャンテシネ2 にて
アイルランドのある一家のそれはそれは貧乏なお話。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


1930年代、アメリカで食うに困ったアイルランド移民の一家は故郷リムリックに帰ってきますが、母親の親族からは歓迎されません。そこでも、父親はなかなか職にありつけず、失業保険の金で飲んでしまう始末。一時は5人いた子供も3人がその命を失います。それでも、貧困の中で長男のフランクはお腹をすかせながらも成長していきます。彼の夢はいつかもう一度アメリカへ行くこと、それには船賃が必要ですが、日々の食べるものに事欠く有様では、そんなことは夢のまた夢だったのです。

私はいわゆる高度成長期に生まれた世代で、貧乏という経験がありませんし、食べるのに困ったという記憶もありません。それでも、今に比べれば、昔の方が人の暮し向きは質素であり、倹約が普通だったような気がします。多分、今に比べたら当時の方が人々は貧乏だったのでしょう。その当時はあまり貧乏だと感じなかったのは今の贅沢な暮しが想像つかなかったからだろうと察するところです。そんな私から見て、この一家の貧乏加減は、想像を絶するものがあります。着るものや靴はボロボロ(こういう子供は私の幼いころにはまだいました)、常にお腹を空かせていて、幼いうちから働かなくてはいけないという境遇、住むところもひどいところで、汚物捨て場のそばで、さらに雨が降ると1階は水浸しになるような劣悪な環境。父親はプライドだけは高くて職になかなかありつけず、失業保険だろうが何だろうが少しでも金があれば、パブで飲んでいて、一方家族は家でお腹を空かせて待っている。かわいそうな子供たちのお話の典型です。もとは実話だそうですから、ボク子供の頃こんなに苦労したんだよというお話と言えなくてもありません。

ところが、この映画からは、意外なほど「不幸自慢」「苦労自慢」の香りがしません。悲惨な状況だったと語るナレーションの声は初老の男性であり、それはあくまで振り返った過去として悲惨だと回顧するのみです。かといって、それはノスタルジックな視点でもありません。そんな、どこか冷めた視点がこの映画にはあります。自伝小説である原作を、うまく脚色してあるのでしょう。監督は、「ミシシッピー・バーニンブ」や「愛と哀しみの旅路」でアメリカの人種差別を一歩退いたクールな視点で描いたイギリス人アラン・パーカーです。この映画でも、その悲惨な状況を淡々と描くことで、その時代の社会や人間をかなり客観的に見せることに成功しています。

特にロバート・カーライルの演じた父親像が見事です。社会全体が貧しい時代にそれなりのインテリらしい彼は、やたらプライドはあるものの生活力はゼロ。母親からふがいない夫と呼ばれてしまうのですが、子供からはやさしい父親としての尊敬も受けているという微妙なポジション。フランクがこんなダメなオヤジにいつまでも父親としての愛情と敬意を持ちつづけることが、私なんかには理解しがたいのですが、それが親子の情らしいです。でも、なまじ父親がやさしい故に状況が悲惨なのかもしれないのです。父親に対するフランクはあまりにも健気ですが、それに応えられない父親の姿は余計目に無様です。その根本には貧困があるのだろうというのは容易に想像がつきます。貧すりゃ鈍すというやつです。清貧なんて言葉がまことに無意味に響く世界が展開します。

また、このフランクの一家だけが貧乏じゃないこともこの映画は見せます。もっと貧困層の子供も登場しますし、一応は主人公一家よりは裕福らしい伯父や祖母も決して楽な暮しではないことを見せます。ただ、主人公はこの映画の原作を書いて一躍ベストセラー作家となったわけですから、その貧困からの脱出の成功者であるわけです。その成功あっての原作であり映画であるわけですから、その視点は無意識のうちに高みから低いところを見るものになっているかもしれません。そういう意味で、極力主観を排したパーカーの演出は評価されてよいと思います。ラストでそれまでの過去が主人公から切り離されたように見えるあたりもこの映画が単なる懐古趣味の映画でないことを意味していると思います。

この映画には教会が何度も登場します。これといった信仰のない私には、こういう信仰というのは、現実の不幸に対する希望と救い(言い訳)を与えるものだと思っているのですが、この映画での教会は、ある時は権威であり、またある時は赦しを与えるものとして登場します。主人公がやたらと懺悔に行くところが笑いをとるのですが、十戒にあるようなことをずっと守っていることもできないですから、ところどころでそれらを赦す機会を与えないと神様との契約なんか維持できないよなあって、妙に納得してしまいました。

マイケル・セラシンの撮影は、夜間シーンに反射光をうまく使って美しい絵作りをしています。また、ジョン・ウィリアムスの音楽はアイリッシュ音楽とは別にオーケストラによる重厚な音楽をつけてドラマを支えています。


お薦め度×特に主張がない分、観る方の受け取り方が問題。
採点★★★☆
(7/10)
レベルはずいぶん違うけど日本だって昔は貧乏。

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