written by ジャックナイフ E-mail:64512175@people.or.jp
8歳の少女エイミー(アラーナ・ディ・ローマ)はいわゆる聾唖の状態、児童福祉局の目を逃れるように、母親のタニア(レイチェル・グリフィス)と共にメルボルンに引っ越してきます。引っ越してきたアパートは人生の吹き溜まりのような一角で、ガラのワルそうなところ。実はタニアは有名なロック歌手の未亡人で、エイミーはその娘だったのです。エイミーの聾唖状態もどうやら精神的なものが原因で、医学的には健康そのものでした。そんなある日、親子の向いに住む貧乏ミュージシャン、ロバートが歌っているとエイミーがそれに聞き入っているように見えます。ロバートがサビの部分をもう一度繰り返すと、彼女はそこを口ずさんでいるではありませんか。どうやら彼女は歌は聞こえる、そして歌うことができるようなのです。タニアはまるで信じていなかったですが、さて....?
オープニングはロック歌手のコンサートシーンから始まります。そこに絡む少女はどうやらボーカルの娘のようです。そこから映画は一気にタニアとエイミー母子のドラマになっていきます。コンサートのシーンはタニアの回想シーンとして何度も登場してきます。どうやら、エイミーの父親がすでに亡くなっていることがわかってくるのは映画が半分くらい進んでからのことです。
タニアは何か神経質そうな女性で、いつも何かに怯えているような追われているようなそぶりです。男性から声をかけられれば、すぐに身構えてしまい、ついつい攻撃的になってしまうことになる彼女にも何か事情がありそうです。エイミーは屈託のない明るい少女のように見えますが、でもしゃべれない聞こえないというハンディがついて回っています。そんなエイミーが向いのロバートの歌に応えるシーンから物語が動き出します。話し言葉が聞こえなくて歌だけ聞こえる、つまり歌が唯一のコミュニケーション手段ということがわかってくるのですが、これは特に実話なのではなく、あくまでフィクションのようです。歌なら聞こえるというのだけならともかく、歌なら話せるというのは、結構コントの設定みたいですもの。後半、行方不明になったエイミーを警官隊が「エイミーどこにいるのー?」と歌いながら探すあたりはかなり笑えましたもの。
歌を歌うエイミーが普段より元気で生き生きとして見えるのは、歌の持つ力ということもできますが、私には痛々しくも見えてしまいました。感情のストレートな表現ができないのですから。また、そんな彼女が部屋の中で一人でじっとしている描写を丁寧に見せることで、彼女がそういう現状から救いを求めているのが伝わってくるあたり、ナディア・タスの演出は、ムードに流されないリアルな展開を見せて見事です。また、エイミーの母親が精神的に弱っているのを丁寧に見せているのですが、ここがきちんとラストへの伏線になっているところも、細やかな演出が光りました。
この歌(音楽と言い換えてもいいです)という方法でしか他人と触れ合うことができないということは、歌こそが心をつなぐカギということもできますが、歌が心にかけてしまった鍵だということもできます。その鍵をどうやって外すことができるのかというのが大事なのです。歌によるコミュニケーションの先にあるものが、この映画のドラマとしてのカギになります。エイミーの心は何かに閉ざされている、何かが彼女の心につかえているようなのです。果たしてエイミーは音楽の呪縛から解き放たれることができるのでしょうか。このあたりは劇場でご確認頂きたいのですが、クライマックスはなかなかに泣かせる展開となります。
また、親子をとりまく周囲の人間にも、タスの演出は暖かな視線を感じさせます。筋向いに住む男の子がエイミーと自然に仲良くなり、近所付き合いをするようになったりするあたりはいかにも自然な展開です。また、ロバートの姉がかなり変なねえちゃんだったり、その先のおばちゃんがエイミー母子に辛くあたるのを見せておいて、エイミーがいなくなるとご近所みんなで夜の街を歌いながら、探しまわるあたりもさりげなくもいい感じでした。
一方、回想シーンでのロックコンサートがやや長すぎるような気がしました。エイミーの父親役のニック・バーカーは本当のロックシンガーでこの映画のためにも何曲もナンバーを提供しているとのことですが、そのご祝儀で歌のシーンが増えたのではないかという気がしてしまいました。とはいえ、主題歌の「ユー・アンド・ミー」はなかなかの名曲と申せましょう。「アニー」の「トゥモロー」を思わせる希望と愛に満ちたナンバーです。これが流れるラストが素敵な後味を残します。
この映画はオーストラリア映画で、舞台もメルボルンですが、主演のレイチェル・グリフィスは「日陰のふたり」「マイ・スウィート・シェフィールド」などで最近めきめきと出てきている女優さんで、この後も、「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」が控えています。また、この映画の予告編ですが、なかなかに感動的な構成になっていて、それだけ観てもちょっとウルウルくる出来栄えなのですが、その一方、本編と異なる構成をしてしまったので、折角丁寧に物語を積み上げた本編の興をそいでしまう結果になってしまいました。映画の予告編としては、本編のよさを殺してしまうのは、いかに感動的でも、ダメな予告編と言わざるを得ません。
お薦め度 | ×△○◎ | 後味がいいので、ご覧になって損はありません。 |
採点 | ★★★☆ (7/10) | やっぱり気持ちはきちんと言葉で伝えないと。 |
|
|