アメリカン・ヒストリーX
American History X


2000年04月29日 神奈川 ワーナーマイカルみなとみらいシネマ5 にて
差別、憎悪、暴力、それでも解決しないとき、どこに救いが?


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


自動車泥棒二人をぶち殺して刑務所に入っていたデレク(エドワード・ノートン)が出所してきました。彼は消防士だった父を黒人に殺されてから、ヒトラーを信奉する白人至上主義に染まり、スキンヘッドとなって有色人種のスーパーを襲撃したりしてました。弟のダニー(エドワード・ファーロング)もその影響を受けて、学校で「我が闘争」を礼賛する感想文を書いて校長先生に呼ばれてます。母親や妹はそんな二人に心を痛めていたのですが、帰ってきたデレクは様子がちょっと変です。昔の仲間にも素っ気無いし、弟への態度も昔と違います。一体、デレクに何があったのでしょうか。

白人至上主義、この映画の中で彼らはこんなことを言います。もともと白人が築いた文化に有色人種たちは寄生し、犯罪を増加させ、白人の存在を脅かしているのだと。白人と有色人種を対立させる関係にすれば、そんな理屈が出てくるのかなと思わせるあたりにこの映画のコワさがあると申せましょう。今、日本にいる外国人労働者が3Kと呼ばれるあまり日本人がしたがらない仕事から、どんどんホワイトカラーの仕事へ進出していって、彼らの下で、無能な日本人が仕事をもらわなければならない社会になってきたら、同じことを言い出す奴が出てくるかもしれないと思うと、この映画の白人至上主義の言い分は他人事ではない不気味さがあります。

ダニーの住む街は昔は静かな平和なものだったのに、有色人種のストリートギャングが増えてきて、元から住んでいた白人たちにとっては、職を奪われるは街の雰囲気は悪くなるわで、単に人種差別だけではすまされない生活感に根ざした憎悪が生まれてきているのです。そして、社会構造としての貧困層へ税金が使われることへの中産階級の苛立ちと、人種偏見がミックスされ、憎悪だけが拡大されていく。この映画のコワイところは憎悪の根源、偏見のルーツを一つに絞りこまなかったことです。その結果、安直な解決は存在しないことを観客は思い知ることになります。ラストで流れるダニーのナレーション「我々は敵でなく友人である、云々」というリンカーンの言葉の引用が虚ろに響いてしまうあたり、作者の視点はかなりクールです。ハリウッド娯楽映画とは一線を画しているという印象です。

この映画の監督トニー・ケイはあイギリス生まれで、MTVで鳴らした人なのだそうです。ですから、アメリカに対するクールな視線が感じられるのかもしれません。人種差別を扱った映画で、「ヒマラヤ杉に降る雪」のスコット・ヒックス、昔だと「ミシシッピー・バーニング」「愛と哀しみの旅路」のアラン・パーカーといったヨーロッパの監督が、見応えのある映画を作っていますが、この映画でも、一歩引いた視点が映画に奥行きを与えているように思えます。しかし、その一方、MTVのセンスかどうかわかりませんが、視覚的に凝った絵作りが、白人至上主義者であるデレクを、カッコ良く見せているところがあるのです。デレクとその集団が、アジア人経営のスーパーを襲撃するシーンは、設定としては胸クソ悪くなるような展開のはずなのに、妙に興奮させるものがあるのです。暴力を肯定しているのではないのでしょうが、そのシーンが嫌悪感よりも、興奮を呼ぶのはなぜなんだろうと考えさせられてしまいました。黒人の自動車泥棒を殺して、逮捕されるデレクをスローモーションでとらえた絵も大変に魅力的で、デレクがその一瞬は完全にヒーローなのです。これは、狙ってやったものなのか、作者の中にデレクをヒーロー視する意識があったのか、そのあたりはよくわからないですが、どうもこの映画、観る方も気を引き締めてかかる必要がありそうです。

この映画の中で、私が重要だと感じたシーンは、映画の終盤で明かされる、デレクの父親が実は有色人種への強い差別意識を持っていたというくだりです。それまでは、差別主義を持っていたデレクが父親の死によって、完全に白人至上主義者になってしまったというふうな見せ方をしていたのですが、実は、少年時代のデレクは、学校でも優等生で、リベラルな視点と、平等意識を持つようになっていたのです。ですが、父親はそうではなく、その父親の差別意識が、彼を侵食していったらしいのです。ここはこの映画でも大変重要なシーンのはずなのに、あまり印象に残る見せ方をしていないのが、私には納得いかないものになってしまいました。

この物語の中で、デレクは自分のしてきたことを後悔し、人生をやり直そうとします。でも、それは繰り返される歴史の一部でしかないことをこの映画は見せて終わります。私は、何の解決も希望も感じることができませんでした。この映画には、家族の絆も友情も善意も登場するのに、それでもどうにもならないことがあるという見せ方をしています。もし、自分がデレクの立場だったらと思うと暗澹たる気分になる映画でした。

役者では、エドワード・ノートンの力演よりも、弟を演じたエドワード・ファーロングの多感な少年ぶりが際立ちました。また、全編を宗教的コーラスを交えた重厚なオーケストラ音楽でまとめたアン・ダドリーの仕事が光ります。


お薦め度×よく吟味して観ないと、かなりヤバい映画。
採点★★★★
(8/10)
自分に振り返って見た時、相当コワい。

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