雨あがる


2000年01月30日 神奈川 横浜東宝シネマ1 にて
黒澤明の世界と言うよりは山本周五郎の世界なのかな。


written by ジャックナイフ
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雨で増水した大井川は川止め状態で、旅の浪人三沢伊兵衛(寺尾聡)とたよ(宮崎美子)の夫婦も宿で足止め状態、荒れた雰囲気の宿の状況に、伊兵衛は町の道場で賭け試合をして、その金で宿の連中に酒や料理を振舞います。どうやら、この伊兵衛、人の良さそうな腰の低い男ではあるのですが、相当の剣の達人のようです。そして、侍たちの喧嘩の仲裁に入ったところをそこの殿様に認められ、藩の剣術指南役に推挙されるまでになるのですが、なかなか物事がうまく運ぶとは限らないようでして。

今は亡き黒澤明監督の遺稿をもとに、彼の助監督であった小泉尭史が初監督した時代劇です。というと何だか大作みたいですが、内容的には短編小説を読むような趣があり、1時間31分という今の映画にしては短い部類に入る、小品として仕上がっています。腕は立つけど、人が良過ぎるのか、なかなか宮仕えが長続きしない主人公とそれを静かに見守る妻たよの物語です。

徹底的にいい人になっちゃっている伊兵衛に「人間はみんな哀しいのですよ。」なんてしたり顔で言われると、観客の私としては、「別にオレは哀しくないぞ、大きなお世話だ。」と思ってしまうのですが、どうも、「貧しい人はいい人」だという理屈が根底にあるようなのですよ。「いい人は貧乏くじを引かされる」というのは、私にも理解できるのですが、「貧乏だからいい人」というのは納得できません。裕福な人の中にも、貧乏な人の中にも、同じようにいい人と悪い人がいるというのが持論なのですが、それを置いといても、主人公の伊兵衛が、自分も貧乏侍のくせに、「貧しい人はいい人」という理屈を振りかざしながら、自分はその貧しい人々と一線を画しているように見えるのが、どうも気に入りません。なんか、言葉使いからして、不必要に丁寧なのが、慇懃無礼な印象を持ってしまいます。

そんな彼が独り言で「何をやってるんだ、オレは。」と自分にグチをこばすあたりは、おかしくも共感できてしまいました。奥方には頭がまるで上がらない主人公ですが、剣をとらせると滅法どころか、ものすごく強い。でも、その強さを立身出世に使いこなすことができず、いつの間にか、同じ殿様のところに勤めつづけることがイヤになってしまう。我慢が足りないのか、相手に合わせることが下手なのか、そんなドン臭い男が、自分に嫌気がさしているというのが、おかしかったです。でも、いい人で、剣はやたらめったら強い、そんな人がホントにおるんかいなと思いますが、正直言って、この映画の中でも、あんまり存在感がないんですよ、この三沢伊兵衛という人は。ですから、この物語を一種のファンタジー、おとぎ話として見るとちょっといい話というところに落ち着くのではないでしょうか。

掛川のお殿様を演じる三船史郎が、今時の映画には珍しい一本調子の芝居で何だか楽しい殿様を快演しています。昔の東映映画をテレビで観た時にこんな感じを観たような記憶があるのですが、今風じゃない演技は、主役夫婦の現代劇のような演技とうまい対照を成していたように思いました。その他の脇役陣では、出番は少ないですが、井川比佐氏の演じた堅物の家臣が印象的でした。

さて、ここで興味深いのが、奥方たよの存在です。一体何を考えているのかよくわからないけど、夫である伊兵衛を影ながら支え、自分に嫌気がさす夫を励ますよくできた奥方に見える一方、ラスト近くでは、殿様の家臣に啖呵をきるのですから、うーん何だこいつはと思ってしまいました。どうも、この夫婦は独善的なところがあって、亭主が世間と折り合いがつけられないなら、奥方もそんな亭主に同調してしまうので、見様によっては世間に背を向けた偏屈夫婦に見えてしまうのです。実在の人間として見れば、あまりお近づきになりたくない二人なんですが、この物語の中では有効なんですよ、こういうキャラクターが。徹底して笑顔で通した宮崎美子のたよは、その笑顔ゆえの凄みが出ました。ちょっとだけ登場する、殿様の奥方役の壇ふみと共に、女は怖いというのを感じてしまったのは私だけでしょうか。

ストーリーはシンプルでして、題材的にはNHKの単発ドラマでやりそうな話なのですが、一つ一つの絵に深みがあって、映画ならではのお金がかかっているという印象が、テレビのVTR作品と一線を画しています。しかし、見方を変えると、紙芝居を見るような、リアリティを感じさせない、独特の世界観をもった映画でして、そこを割り切って楽しめないと、なんだか説教臭い映画になってしまうかもしれません。


お薦め度×気楽に観られる小品の趣が魅力。
採点★★★☆
(7/10)
ラストのカットバックはくどいです。静かに終わらせていいやん。

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