written by ジャックナイフ E-mail:njacknife@aol.com
保険会社の部長補佐だったウォーレン(ジャック・ニコルソン)が定年退職しました。でも、何かすることもなく、元いた会社に顔を出しても、軽くあしらわれ、テレビで観た貧しい子供に手紙と付き22ドルを贈るなんてのに申し込んだのはいいけど、6歳の子供への手紙に家族のグチを書く始末。そして、妻が急死。一方、娘はいけすかなない男と結婚しようとしています。老後のために買ったキャンピングカーで旅に出るウォーレンですが、そこでもあまりいいことないみたい。娘の結婚式を前に「あんな男とは結婚するな」と口走ってしまうし、こんな男が幸せになる術があるのでしょうか。
定年退職した人を「濡れ落ち葉」とか「わしも族」なんて呼ぶようになったのはいつの頃からでしょうか。一方、アメリカでリタイアした人には余生を悠々と過ごしているというイメージが何となくありました。それほど、老人の余生がばら色でないかもしれないと思えてきたのは「コクーン」なんて映画を観た後でしょうか。まあ、老いの悩みは万国共通ではあると思ったのですが、まさか、アメリカで、退職した後することもなく孤立してしまうオヤジがいるとは思ってもみませんでした。なるほど、人間の悩みはどこも似たりよったりなんだなあって、妙に感心してしまいました。
自分の過去やってきた事、これからやる事を見失ってしまったウォーレンは、会った事もないアフリカの子供への手紙に、自分の妻、娘、娘婿、そして会社の後任者の悪口を言いたい放題書き連ねます。笑えるシーンなんですが、その滑稽さの中に自分を見つけてしまうと笑うに笑えないことになります。私は、実際、企業のサラリーマンのパっとしないポジションで日々を過ごしているので、彼の姿は20年先の自分かもしれないと思えてしまうのですよ。プライドが高く、思いやりに欠け、スケベ根性も抜けないオヤジを、ジャック・ニコルソンは中年サラリーマンへのイヤガラセの如く、見事に演じきっています。もともと、することがなかった人間で、会社へ通うことで時間をつぶしていたような感じ。それが、定年退職になった途端、自分の居場所がなくなり、これまで考えたこともなかった「自分は人の役に立ったことがあったろうか」なんてことを自問自答し始めるのは、若いパワーのあるときならいざ知らず、人生の晩年で直面するには、かなりしんどい状況と言えましょう。
一方の娘も、どうみてもろくでもない男と一緒になろうとしてます。セールスマンをする傍ら、怪しい投資話に身内を巻き込んで損をさせて、それでも反省の色もありません。人間的にはいい奴みたいなんですが、娘の婿にできるような人格とは程遠い男。娘の方もラブラブハッピーに見えなくて、やけにピリピリした感じ。でも、こういうタイプいるよねという説得力がものすごくあるんですよ。晩婚、若しくは30過ぎのシングルの女性にとっては、この娘さんの有り様は他人事じゃないかもしれないと思ってしまいました。娘を演じたホープ・ラングの疲れたような花嫁ぶりが大変印象的でした。また、娘婿を演じたダーモット・マルロニーが、悪い奴じゃないけどアホというキャラを好演しています。
世の中は思うようにいかないものですが、ウォーレンからすれば、物事全てが自分に逆らって動いているように見えてるようです。誰にも頼れない、誰からも頼られない存在になってみれば、世界は自分のためにこれっぽっちも動いてくれない、ちょっと考えてみれば当たり前なんですが、その事が納得できない。これはすごい不幸な状況です。物語の中で、ウォーレンは、22ドルを贈る子供に手紙を書き続けるのですが、自分に関しては、見栄を張ってウソを書き連ねるのです。でっかいホラじゃなくて、自分がささやかな小市民として幸福であるかのようなウソを書くのです。ちょっとした笑いのとれるエピソードなんですが、ここでウォーレンの不幸せぶりがダメ押しされてしまうのです。会った事も会う事もない6歳の子供に他人の悪口のグチは書いても、自分については見栄を張ってしまう、でも何だかいそうなんだよなあ、そういう人。そして、ひょっとして自分もそうなっちゃうかもしれないなあって、思えてしまうのです。笑った後に、結構チクチクくる映画なんです。
クライマックスは娘の結婚式でして、普通はクライマックスのスピーチで盛り上げるのが定番のアメリカ映画なんですが、ここでのウォーレンのスピーチがなかなか陰にこもってすごいです。普通のクライマックスのスピーチとは一線を画していると言えましょう。そこは本編でご確認いただきたいのですが、胸のつかえがとれるというよりは、胸のつかえをもう一度飲み込むようなスピーチと私には聞こえました。
そして、ラストでこの映画はちょっとした仕掛けを用意しています。これも見る人によって解釈の分かれるラストになってまして、ハッピーエンドともアンハッピーエンドとも付かない結末は、観た人が決めるしかなさそうです。私はこのラストをこう解釈しました。主人公にとっては、ちょっとハッピー、でも、それに依存しちゃダメよ、と。
お薦め度 | ×△○◎ | コメディ仕立てだけど、中身はかなりシリアス。笑い飛ばせないな。 |
採点 | ★★★★ (8/10) | 中年オヤジには他人事でなく、かつどうにもならない現実。 |
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