ケイティ
Abandoned


2003年11月09日 東京 日比谷スカラ座2 にて
「捨てないで」こんなこといっぺん言われてみたいあなたへ。


written by ジャックナイフ
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アル中から復職したばかりの刑事ウェイド(ベンジャミン・ブラット)は行方不明の青年の捜査を仰せつかります。失踪した天才肌のイケメン演出家エンブリーには、女子大生ケイティ(ケイティ・ホームズ)という恋人がいました。ウェイドの尋問にも、二年前にいなくなった彼氏より、今の就職活動の方が大事なケイティは素気ない態度をとるのですが、何と行方不明のエンブリーが彼女の周囲に現れ始めるのです。それもまるで彼女を怖がらせるかのように。ケイティはウェイドに助けを求めるようになるのですが、その一方、エンブリーの影は刻一刻と彼女に迫りつつあったのです。

一流企業への就職を控えた女子大生が主人公のスリラーです。2年前に彼女の前から姿を消した恋人が再び現れるというスリラーものでして、こういう設定には大きく二つのパターンがあるのですが、この映画は、そのもっともオーソドックスな展開を見せます。その結果、ミステリーとしての意外性はあまりなく、部分的にフェアじゃないところもありまして、ミステリー映画としては、あまりほめられた出来とは言い難いです。スリラーとしても、恐怖のポイントが曖昧になってしまい、怖がらせる雰囲気の舞台装置はあっても、怖い映画としても今イチになってしまいました。

この先、結末が想像できる内容になってますのでご注意下さい。

それでも結構楽しめてしまったのですが、それは、ヒロインを丁寧に描いているからだと思った次第です。ケイティ・ホームズ演じるケイティというヒロインのキャラクターを丁寧に積み上げた演出はなかなかに魅力的でした。見た目かわいくて、でも孤独の影を引きずっていて、それでも友人がいて、彼女に想いを寄せる男の子もいる、でも、彼女はどこか危うげです。こう書くと、いわゆる守ってあげたいキャラに見えてしまいますが、さにあらず、どちらかというと、頑なで、心を武装しているかのようです。そんな彼女に段々と惹かれていく刑事を見てると、何となくわかるんだけど、それは危ないよなあって思うわけです。そういう危険な香りが彼女からするんですよね。こういうヒロインをタヌキ顔で健康的なキャラのケイティ・ホームズに演じさせるのは、見た目とのギャップという点では面白いと思いますが、脚本は女優ケイティ・ホームズをイメージして書かれたというのが、ちょっと意外でした。

そんな彼女を脅かすエンブリーという青年が、これが絵に描いたような二枚目の芸術家でして、ケイティの周囲に影のようにうろついていたんですが、ついには、彼女の前に姿を現して、直接彼女の心をかき乱すのです。2年前の突然の失踪からようやく立ち直った彼女に何の恨みがあるのか、またその本意がどこにあるのか、ラストはそこそこ意外な展開を見せます。エンブリーが現れた原因は、どうやら刑事が彼女に接触したところにあるようなんですが、その辺は明確に映画は説明しきっていないので、ご覧になって各々の解釈をするしかなさそうです。

後半は、エンブリーの脅迫がかなり直接的に彼女を脅かすようになり、その決着をつけるクライマックスで謎が解けるという展開です。前述の通り、ミステリーとしては今イチではあるんですが、ケイティというヒロインの心理で考えるとなかなか興味深い展開と言えるでしょう。見捨てられる不安との葛藤、そして、その不安を彼女なりに回避しようとしてできないというあたりにこの映画のテーマがあるようです。

誰だって自分の心を安らかにして日々を送りたいと思うでしょう。でも、信頼している人間に見捨てられるという体験が心に不安の種を植え付けてしまった、この映画はそんな悲劇を描いていると言えましょう。見捨てられるのではないかという不安が、誰か心を託すことのできる人間に出会ったときに歪んだ形で現れてしまうのです。最初は、その心を託すことの出来る人を拒絶することで、見捨てられることを回避しようとし、それでも、その人を必要としてしまうと、今度は見捨てられる前にそれを回避する非常手段に出てしまう。大変臆病で凶暴な自己防衛が、恐ろしい結末を招くのですが、そんな気持ちは誰でも持ちうるものだと思います。その先の不幸を回避するために、幸福の芽を自ら摘み取ってしまう人間ってどこにでもいそうですもの。でも、この映画では、その心理を正気の沙汰ではないと、ばっさり切り捨てているところがあります。幼い頃のトラウマといったものを匂わせはするのですが、映画としては、ここで描かれる狂気を、恐怖の対象として描いています。ですから、後味はあまりよくないですし、救いのない結末になってしまいました。

ホラーとかスリラーというジャンルは、昔からありまして、オカルトものとか、スプラッタものといったような若干の流行廃りはありますが、根強く作り続けられている映画のジャンルです。そして、そこは若手の映画作家のデビューの場としても使われてきました。この映画の脚本監督を担当したスティーブン・ギャガンという人も「トラフィック」「英雄の条件」といった脚本家として名をあげた人だそうですが、本作が監督デビュー作とのこと。そんな新人監督の映画だと思って観ると、色々と面白いところがあります。特に、脚本も兼任ということでストーリー的には彼の思い通りに作っているのですが、それがいい方に作用する場合と、独りよがりに走ってしまって、観客がついていけないといった悪い方に作用する場合とがあります。この映画でも、インサートカットの多用とか、気を持たせる演出など、くどいなあと思わせるところがあって、初監督作としては、まあまあくらいの評価にしかなりませんでした。お話としてはなかなか面白く、ミステリーの仕掛けとしては弱い部分を登場人物の丁寧な描写で補い、ドラマとしてきちんと仕上げてある点は評価したいところです。


お薦め度×ミステリーとしての面白さよりは、ヒロインを見る映画ですね。
採点★★★
(6/10)
地味な内容の映画ですが、たまにはこういう映画も一興。

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