愛してる、愛してない
A la folie PAS DU TOUT


2003年05月02日 東京 日比谷シャンテシネ2 にて
「アメリ」を観て、こいつヤバいと思った方、その答えがこれです。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


才能ある画学生アンジェリク(オドレイ・トトウ)の彼氏は優秀なお医者さんロイック(サミュエル・ル・ビアン)です。お花屋さんで、彼へのプレゼントを選ぶ彼女は幸せ一杯。彼には奥さんがいましたけど、大丈夫、もうすぐ別れるんだもの。とはいえ、最近、彼が冷たいの、夜のデートはすっぽかされるし、奥さんとのツーショットも目撃しちゃうし、でも、彼氏を信じて健気なアンジェリク。ところが、ホントに彼が奥さんとヨリを戻したがってるみたい。そんなのは許せない、かくして、アンジェリクの恋の暴走が始まってしまったのです。

「アメリ」でかわいいフシギちゃんを演じきったオドレイ・トトウの新作です。オープニングは色鮮やかな花の中に彼女がいます。そして、ファンタジックなメインタイトルからして、これは「アメリ」系ラブコメの予感。線の細いトトウのキャラクターが一途に思い込む相手は奥さんのいるお医者さん、果たして、その恋の行方はということになるのですが、ヒロインの様子が今回はちょっとヤバめなのです。

映画の前半はアンジェリクの視点から、恋する乙女心が描かれ、それが徐々に正気を失っていく様を「思い込み強いヒロインの恋」という形で見せられます。恋人というには、ロイックは不誠実に見えますし、多少なりともヒロインには同情の余地があるのです。ところが、その後、同じ時間軸をロイックの視点から描きなおすことによって、映画はまた別の様相を呈してくるのです。

以降、映画の核心部分に触れますので、ご覧になる予定のある方はご注意下さい。

何か、アンジェリクにとんでもない秘密があるのかというと、そういうわけではありません。ただ、ヒロインの恋模様は単に彼女の頭の中だけにあったということです。確かに前半の描写で、ヒロインと彼氏が会話したり、直接顔を合わせるシーンがあるわけではありません。何かおかしいなと思わせる部分はあるのですが、ロイックが彼女とほとんど面識がなかったとわかるあたりで、「ゲゲッ、ストーカーものだったのか」と気付かされると、全てのシーンが気色悪いものに思えてきます。

彼氏のことを一途に思うヒロインは外見的にはかわいくて気の毒なようにも見えます。でも、その先の行動を追っていくと、かなりおぞましい展開になっているのです。「アメリ」で思い込みの強いヒロインを演じたトトウですが、ここでは「アメリ」より若干線の細いキャラを演じていまして、その正体が見えてくるにつれて、狂気が前面に出てくるのかというと、意外やそうならないところに、脚本、監督のエティシア・コロンバニの見識を感じます。半分正気の顔で狂気の行動をとるヒロインにむちゃくちゃ存在感があるのですよ。そんじょそこらの女の子というイメージから逸脱しないところが余計目に恐怖を運んできます。普通のサイコホラーなら、ラストで狂った犯人とその自滅を見せることで、観客に一応の安心とカタルシスを与えてくれるのですが、意地悪なことに、この映画はそういった一種の救いを見せてくれないのです。特に男性からすると、「こいつはたまらん」という結末になっているのですが、女性からするとどうなんでしょうね、こういうのは。「うんうん、わかる」なんて言われた日には男はたまらんものがあります。

でも、こういうタイプは日本にもいそうな気がします。男女を問わず、自分の中で、相手との関係を勝手にでっち上げて、それを自分に信じ込ませてしまうタイプ。最後まで、自分の妄想の中だけで暮らしていてくれれば、実害はないのですが、それが時として現実世界の側にはみ出してしまうことがありまして、その時に外界(特に当の相手)との摩擦を起こしてしまうのです。この映画でも、ロイックの家庭崩壊どころか、生命の危険まで行ってしまうのですがら、こんな怖ろしいものはありますまい。久々にもてない男の優越感を味わってしまいました。(うーん、書いててかなり情けないぞ。)

一応はミステリー仕立てではあるのですが、あまりその仕掛けにこだわった作りにはなっていません。むしろ、いかれたヒロインのリアルな存在感を丹念に追う方に力を入れているようで、トトウの好演によって本当に紙一重のところが不気味な余韻を残すことに成功しています。

それにしても、この映画の売り方はなかなかすごいものがあります。だって、サイコホラーだなんて、全然言ってないし、意外なラストということも前面に出さず、「アメリ」のヒロインによる恋愛映画という売り方なんです。ちょっとお茶目な邦題といい、これで、狂気のストーカー映画だと予想できる人はまずおりますまい。直接的な残酷描写や飛び上がるようなショックシーンがあるわけではありませんから、この程度の意外性は悪趣味とまではいきませんけど、その背筋の寒くなる結末は、やはり、ちょっと違うぞと思ってしまうのでした。


お薦め度×ヒロインがなまじカワイイってのがミソね。
採点★★★☆
(7/10)
観た後、久々に寒気しちゃったのは私だけかしらん。

夢inシアター
みてある記