8Mile
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2003年06月20日 神奈川 川崎チネチッタ2 にて
ラップバトルに賭ける若者の青春もの、ハーフビター編。


written by ジャックナイフ
E-mail:njacknife@aol.com


恋人と別れるときに車をくれてやったジミー(エミネム)は住む場所もなくなり、母親(キム・ベイジンガー)のところへ転がり込みますが、こっちはジミーの高校の先輩と同棲中で、何だかなあって感じの生活。友人たちとラップで一旗上げたいと思っているジミーですが、なかなか思うようには行きません。ラップバトルでは、何も言えなくなってしまうし、新しく就職した工場では現場監督に文句を言われてばかり。でも、そんなジミーにも新しい彼女(ブリタニー・マーフィ)もできて、有名なラッパーにデモテープを聞かせる段取りまで行くのですが、物事はなかなか思うようには行かないようで......。

映画と舞台となるデトロイトは、私が小学生の頃の社会の授業では、自動車の町、工業の町というイメージでした。(日本にも、京浜、中京、阪神、北九州の四大工業地帯があった頃です。)でも、今は、殺伐とした不景気の街、若い連中は何とかここから出たいと思うような街になっているようです。そんな中で、ラップで当てて大金持ちになりたいと思うジミーたちにはある種のアメリカンドリームがあるのですが、この映画では、それが結実するところまでは見せません。でも、主人公に白人ラッパーのカリスマ的存在である(らしい)エミネムを持ってきたことで、そこに一つの夢と実現を見出すことができます。

私は実はヒップホップとかラップとか言われても、まるで知識のない人間なんですが、それでもこの映画はかなり楽しむことができました。それは、ラップの映画ではなくて、ラップにまつわる若者の普遍的なドラマになっているからです。ラップバトルというのは、ヒップホップのリズムに乗せて、要は相手を徹底的に罵ることらしいです。相手をやり込めたら勝ちということになるようで、単なる悪口合戦と言えなくもないのですが、そこにラップの技が見えてくると、ちょっとアートというか芸の対決ということになります。また、もともとは黒人文化であるラップに白人であるジミーが乗り込んでいくということ自体がチャレンジのようでして、ここでは、白人がマイノリティになっているというのも面白い設定だと思いました。

夢を持っていると言いながら、ジミーの仲間は親に食わせてもらっているようで、ジミー自身は親が貧乏で、工場勤めをせざるを得ないという状況です。このあたりの生活感をきちんと描いているところに、単なるアーチストの映画と一線を画すところがあります。「LAコンフィデンシャル」「激流」のカーティス・ハンソンの演出は、きわめてまっとうに青春ドラマを作っておりまして、その中に様々な人間の想いを描きこむことに成功しています。登場人物が皆生きている、生活しているということが、感じられて、ジミーも共感できるキャラクターになっています。

それは、周囲の登場人物にも言えることでして、グループでケンカばかりしているようなんですが、拳銃を持ち出すのはタブーだという暗黙の了解があるというあたりで、ドラマの奥行きが出ました。一番先に殴りかかったジミーが、銃を取り出した仲間を一番先に押さえにかかるという辺りの見せ方に、ハンソンの演出センスが光ります。また、ラップバトルで相手黒人のことをボロクソに言う一方、工場の昼休みの言い合いで、ゲイをかばうラップをさせるなど、なかなか芸の細かいところを見せたりしています。

特に主人公を囲む二人の女性が印象的でした。息子に自分の彼氏とのセックスのグチをこばすとんでもない母親を、キム・ベイジンガーがいつもの華やかさとは別人のような風情で演じています。まるで、壊れた母親であるのに、それでも母親であるという一線を崩さないあたりはさすが貫禄の演技です。また、主人公の恋人になるブリタニー・マーフィが、モデル志望のいかにもな地方都市の子という感じで、リアルないとしさを感じさせるヒロインになっていました。ニューヨークへ出て行く彼女がモデルとして大成する可能性はめちゃめちゃ低いんですが、それでも応援したくなる何かを持っているのですよ。彼女達が、あまり誉められたヒロインでないのに、それでも、カッコよく見せたあたりに、ハンソンの演出センスを感じます。

そして、もちろん主人公もカッコよく見せることに怠りはなく、クライマックスのラップバトルからラストの処理まで、エミネムがヒーローとしてきちんと立っているあたりはうまいものです。主題歌である「Help Yourself」が音楽で成り上がろうとする主人公の生き様そのものを歌っていて、これがなかなかの名曲です。一見、ラップのスターによる異色作のように思えたのですが、若者を大変まっとうに描いた青春映画として記憶にとどめるに値する一編に仕上がっていました。


お薦め度×生活感も未来への希望も両方とも描いている点が買い。
採点★★★★
(8/10)
映画として、きちんと定番を踏み外さない節度が、心地よい後味を残します。

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