夢inシアター
採れたて情報館/No.89
ジャックナイフのちょっとサントラ'99年11月その3
今回は新作中心にご機嫌を伺います。
文化大革命の中国の知られざる大悲恋物語の音楽を「ロアン・リンユイ」などのジョニー・チェンが手がけました。全体をオーケストラを駆使したドラマチックなスコアを提供しています。メインテーマは運命に押し流されるヒロインを叙事的に奏でる鎮魂の曲となっています。高音ストリングスのみでうたいあげると情緒的に流されてしまいそうな美しいメロディを、中音部の弦が引き締めているという印象で、悲恋物語に歴史の残酷さを加えて聞き応え十分の音に仕上がっています。あどけない少女を思わせる導入から、ストリングスが厚く重なっていくヒロインのテーマも圧巻ですし、一方中国風の明るいテーマの愛くるしさ、牧歌的風景のバックに流れるストリングスの暖かさも心に残ります。これが後半悲劇的展開になると、シンセサイザーやお経のサンプリングが不安な音を奏でます。アルバムの後半はダークな音が中心となりラストでさらに愛のテーマを切なく歌いあげています。気になってしまったのは、ところどころにセリフ、効果音が入ること、そして、2曲の主題歌が入ることでした。インストゥメンタルとして聞いているといいのですが、これに詩がつくと甘いメロディの分、情緒的に流れすぎてしまうという印象で、美しい音楽、歌ではあるのですが、この悲しいドラマには今一つという気がしてしまいました。主題歌自体は、大変美しい歌ですので映画を離れて聞いた方がいいのかもしれません。
9年間行方不明だった息子が突然現れたら?というシリアスホームドラマの音楽を「大脱走」「レインメーカー」「エイジ・オブ・イノセンス」などのベテラン、エルマー・バーンスタインが手がけました。オープニングはピアノソロがメインテーマを奏で、そこへストリングスが重なってくると、すぐ子供たちのかくれんぼを描写するホームドラマ調の曲に変わります。小編成のオーケストラを使っていかにもアメリカのホームドラマらしい軽快な音をつけていますが、シリアス部分も多い映画ですから、そこはストリングスや木管の低音部により主人公一家の機微をていねいに追って行きます。要所要所にピアノをアクセントのように使っているのも印象的で、ベテランらしい緻密な音作りは、グロスバード監督の演出タッチを的確に捉えてまさに映画音楽というもののお手本のような出来栄えです。ハッタリもケレンもない音楽はアルバムだけ独立して聞くと何か物足りなくも感じてしまいますが、映画の追体験のためのサントラ盤としては、彼の音楽は見事に機能しています。しかし、映画も地味で音楽も地味、さらに加えてサントラCDのアルバムジャケットがまた地味という地味尽くしなんだよなあ、これ。
アイルランドの小さな村に起こった宝くじ騒動の音楽を手がけたのは、ショーン・デイビィという人で、映画音楽だけでなく自らのリーダーアルバムも出しているそうですが、このアルバムもアイリッシュダンスのにぎやかな音から始まって、それがオーケストラまで鳴り出すと元気のいいこと。さらにはアイリッシュバンドの歌も何曲か入って雰囲気を盛り上げます。またドラマを支える音楽はしっとりと聞かせるものから、笑いを盛り上げるものまで様々ですが、その中でもアイルランドの美しい風景を描写した音楽が光っています。一見他愛ないような物語が、アイルランドの自然とこの音楽をバックに持つことで、一味違うものになっていますから、音楽の持つ力を改めて認識してしまいます。また、映画のサントラ盤というよりも、最近CD屋さんでみかける「ヒーリング」のコーナーによく置いてあるアイルランド音楽のアルバムと思って楽しむのも、また一興と思います。ほのぼの気分で聞き入るうちに、ラスト近くは崇高な気分になれますもの。
30年近く昔の映画「華麗なる賭け」のリメイクで、ミシェル・ルグランによる前作の主題歌をスティングが歌っているのも話題です。とはいえ、スティングとルグランの組み合わせはアレンジのせいか今イチ相性がいいとは思えませんでした。そして、全体のスコアは「ロッキー」と最近はアカデミー授賞式でおなじみのビル・コンティが担当しまして、サントラCDは、前半は挿入歌、後半がスコアという構成をとっています。主人公の犯罪プロセスに色々な遊び心にあふれたスコアを提供したコンティですが、ピアノ連弾の曲くらいしかアルバムに入っておらず、クラップミュージックなどのサスペンスとユーモアの融合したスコアはアルバムには入っていません。BGM風のジャズであるとか、ラブアフェアーの部分の曲がメインで、確かにラブストーリーとしての音は押さえているのかもしれませんが、これでは片手落ちではないかしら。アルバムのプロデューサーの名前もないし、メジャー映画のサントラながら、何だか怪しい代物です。
猟奇殺人事件から軍隊内部の腐敗にまで発展するミステリーの音楽を「ファーゴ」「陰謀のセオリー」のカーター・バーウェルが担当しました。オープニングは、南部民謡でしょうか、子供の歌声の上にドラムが絡み、バンジョーやオーケストラが重なって、緊張感を盛り上げていきます。この後も民謡風の歌にサスペンススコアを重ねていくという手法が大変効果的に使われています。アメリカ南部の基地という雰囲気描写だけでなく、二つの音楽を並行して流すということで、陰謀の匂いを感じさせる効果も出しています。そして、後半隠された秘密が明らかになってくるとスコアはより重厚なドラマチックなものに変わっていきます。中低音部のストリングスを中心にした葬送曲のようなテーマがこの映画のドラマのもう一つの核になっています。この曲が甘い希望に結びつけるような展開をせず、ひたすら事実の重さを突きつけるが如く、重くのしかかるように鳴り響くのが圧巻です。本編はドラマの中心を捕捉し損ねた印象がありましたが、音楽はきっちりとツボを押さえ、そして一切の妥協を許しません。また、最近よく耳にするオルフの「カルミラ・ブラーナ」も効果的に使われており、アルバムにも収録されています。
これは新作ではないのですが、最近劇場で観る機会があったものでご紹介です。タンゴについての映画を撮ることになった監督の物語ですが、音楽を担当したのは、最近あまり映画音楽での活躍がなかったラロ・シフリンが自分のオリジナルも加えて音楽全体の総指揮をとりました。「エル・チョクロ」「カミニート」「ラ・クンパルシータ」などタンゴにくわしくない私でも知ってるスタンダードも収録されていて、タンゴ入門アラカルトのような印象でした。シフリンのオリジナルは7曲入っていますが、その中でもオーケストラとコーラスを使って、アルゼンチンの恐怖政治をバレエ風に描いた曲が印象的です。映画そのものがほとんどタンゴで踊るシーンなので、そのバックの音楽のインパクトもかなり強いのですが、CDで聞きなおしてみても、そのシーンが浮かんでくる曲もかなりあってこれはサントラCDとしても、独立したタンゴのCDとしてもかなりの出来栄えだと思います。
「ディープエンド・オブ・オーシャン」以外は日本盤があるはずです。
ジャックナイフ
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