夢inシアター
採れたて情報館/No.52

The Fantasticks
The Fantasticks

-ザ・ファンタスティクス-

1998年5月5日 サリバンストリート・プレイハウスにて




出演者

エル・ガヨ/John Savareseマット/Eric Meyersfield
ルイザ/Gina Schuh-Turnerマットの父/Gordon G. Jones
ルイザの父/William Tostヘンリー/J. C. Hoyt
モーティマ/Joel Bernsteinミュート/Paul Blankenship


あらすじ

マットとルイザはお隣同士で恋人同士。でも父親達が犬猿の仲で、二人の間を引き離そうと両家の庭の間に壁を建ててしまった。壁越しに愛を語り合う二人。しかしこれは、本心では二人を結ばせたい親達の策略だったのだ。子供なんてものは必ず親の言い付けには背くもの。結婚させたければ、引き離すに限るのだ。そんな目論見が当たって恋人同士はアツアツ。頃合いもよろしくなったところで、この問題をハッピーエンディングに持ち込む為に、親達は専門の誘拐屋を雇うことにした。誘拐されそうになったルイザをマットが助けだし、それをきっかけに両家のわだかまりも消え、二人はめでたく結婚という筋書である。

誘拐屋エル・ガヨの働きにより、見事筋書通りのハッピーエンディングに大喜びしたのもほんの僅かの間だけ。障害が無くなってお互いをよくよく見てみれば、マットもルイザも、どこにでも居る平凡な少年と少女でしかなかった。こんなはずじゃあなかったのに・・・という思いが二人の間に流れ、もともと親友だった親たちの間もギクシャクし始めた頃、誘拐劇が親達の計略だったと知ったマットは家出をしてしまい、ルイザも大人の魅力が漂うエル・ガヨに心惹かれてしまうのであった。こんな両家に果たして本当のハッピーエンディングがやってくるのだろうか・・・




地下鉄プリンス・ストリート駅で下車。ワシントンスクエア方向に歩き出せば、そこはソーホー、グリニッジ・ヴィレッジと呼ばれる、ブロードウェイの雑踏とはちょっと違う顔を持った、おしゃれなレストランやお店が集まる落ち着いた空間です。ウエスト・ハウストン通りに突き当たったら、迷わず西に向かって進むと・・・あ、見えてきた! サリバン・ストリートと書かれた道路標識のすぐ下の、青い板に「The Fantasticks Way」と記されたちっちゃな文字が。

世界最長ロングランを記念して、1985年にNY市から劇場のあるサリバン・ストリートに、このミュージカルの名前が贈られたそうなんですが、まぁ、なんと粋な計らいをしてくれる市長さんなんでしょう!そしてこの標識の示すとおりに右に折れると、そこには初めて訪れた時となんら変わらぬ姿の、サリバンストリート・プレイハウスが、小雨降る中ひっそりと佇んでおりました。

プレイハウスと書かれた白い木製のドアをそっと開けると、そこはもう遠く日常から遊離した、ファンタスティクス野郎たちの世界・・・プレイビルを小脇に抱えたオジさまが、ニコニコ顔で席に案内してくれます。日本で手配してきたチケットですから、もちろん最前列の特等席なんですが、うっかりしていると自分の足が舞台に侵入してしまって、慌てて足を引っ込めるのも御愛敬。もっとも劇場自体が、全座席数50席くらいの可愛いものですから、舞台と客席の境界線は一応あっても段差などは無いので、一旦舞台が始まれば、観客と役者さんがいつのまにやら一体化して、気が付けば共に笑ったり、泣いたりと、コロセアム形式の舞台では味わえない魅力があります。

舞台がはじまる前の期待に胸ふくらむ楽しい一時を、お隣の席の人に記念写真を撮ってもらったりしながら過していると、もう一人の劇場係の人が何やら最終点検を行っている様子。見覚えのあるその姿は・・・なんと来日公演の時に(来日公演は1988年、90年、92年と過去3回行われています。日本人による翻訳公演の方は、初演の1967年から現在まで、数え切れないほど・・・)モーティマというインディアンの役をやっていた方ではありませんか。遠くNYで知った顔に会えるなんて、それだけで何だかとってもいい気分になってしまいます。

サリバンストリート・プレイハウス
【 The Fantasticks 】上演中のサリバンストリート・プレイハウス
さて、先ほど座席に案内してくれたオジさまが舞台中央に立って、開幕のご挨拶をはじめました。「皆様、本日はよくおいで下さいました。私は普段はルイザの父親役をやっております。今晩はこのミュージカル上演が38年目を迎えた後の、第一回目の公演になります・・・」これを聞いた観客一同、と言ってもこの日は10数名しかいなかったけれど、そんな事はどうでもいい、とにかく歓声と拍手。偶然とはいえ、こんな記念日に当たるなんて! NYまでまた観に来て本当に良かったー。

そして、ピアノとハープによる前奏曲が始まって、いよいよ今夜の役者さん達の登場です。青年マット、少女ルイザ、二人の父親達と次々舞台に飛び出して来て、最後には主役でもあり、進行役でもあり、時には誘拐屋さん(?)にも化けるエル・ガヨが静かに歌いはじめる「トライ・トゥ・リメンバー」。ああ、もうダメ。しょっぱなからそんなに優しく包み込んでくれては・・・ウルウル。

しかも今夜のエル・ガヨさんは、記憶に間違いがなければ、1988年の来日公演の時に、青年マットをやっていた方じゃありませんか?ロビーに飾られた出演者の顔写真を見て、もしやと思ってはいたけれど、あの時の青年にこんな形で再会出来るなんて、今夜はなんと素敵な偶然が重なることか。

そんな訳で、この作品に対する思い入れがあまりに強すぎるので(例え地球滅亡の日が来ても、おゆう はこのミュージカルこそが 世界一! と言い続ける事でしょう。)とてもマトモな感想など書くところではありませんが、たったの10数人の観客を前に、心のこもった暖かい舞台を作り上げる役者さん達による素晴らしい作品に、深い感銘を覚えた、とだけ記しておく事にしましょう。

「辛く苦しい冬の中から、何故春は生まれてくるのか。人は成長する時に、どうして何かを失なわなければならないのか。」

エル・ガヨも、そして私たち自身も理由は説明できないけれど、これが事実だという事だけは知っています・・・この哲学を時々は思いだし、考えるためにも、いつの日かまたここに訪ねてこようと思います。

ページ