夢inシアター
採れたて情報館/No.37

【HANA-BI】公開直前!
北野 武 監督作品ガイド


澤井です。

昨年のベネチア映画祭でグランプリを獲得したことにより、始めて「映画監督」北野武が一般に認知されるところとなりました。その新作【HANA−BI】が遂に1月24日より日本公開されます。そこで、この機会に他の北野 武作品にも触れてみたいという方のために、これまでの監督作を改めてご紹介いたしましょう。

入門編ということで、誰にでもとっつきやすい作品から並べることにいたしましょうね。


キッズ・リターン(第6作)

2人の「落ちこぼれ」高校生を軸にした武流のビターテイストな青春群像ドラマです。成功と挫折、やりきれない日常と希望、切なさを乗り越える意志。事故後の復帰第1作として撮られたこの作品は、笑える情景を随所に挟みながら、誰にでもわかりやすい語り口で、丁寧に物語が語られています。青春ドラマである一方で、「出る杭は打たれる」日本社会のある種の構図をも感じさせ、いろいろな見方が出来ます。監督の作品中では唯一希望と救いを感じさせる作品であることも含めて、彼の映画を1度も見たことのない人には、まずお勧めしたい傑作です。(夢INでも評判が良かったですね。)主演の安藤政信はこれがデビュー作、ちょい役のはずが役が膨らんだというモロ師岡などの個性的な脇役も印象に残ります。

あの夏、いちばん静かな海。(第3作)

そのタイトルのように静かなラブストーリーです。ふとしたきっかけでサーフィンを始めた男と、寄り添う女性の物語で、2人が聾唖者という設定もあり、台詞はもとより、全般的にフラストレーションが溜まるほど抑制され、省略された作品に仕上がっているのです。今や黄金コンビになった音楽担当の久石譲とは、この作品で始めて組みました。監督が「あれはサービス、余計なカット」だという、最後の付け足しを目にしたら、きっとそれまで抑制されてきた行き場のない感情がいっきにほとばしることでしょう。その余計なカットが一番好きなのですが、そんな事を言っていると北野監督に馬鹿にされちゃうかしら…。前年、同じ「異業種監督」と話題になったサザンオールスターズの桑田さんが撮った「稲村ジェーン」はしょーもない作品だったがヒット、北野監督の「3−4X10月」は、作品の評価は別にして興行で惨敗し、これをネタにして雑誌などでちょっとした論争があったのですよ。その後だったものだから、サーフィンをモチーフにした青春映画を撮ると聞いて、思わずニヤっとしたのは僕だけではないはず。そういえば、同時期に公開されていた山田洋次監督の「息子」にも聾唖者が出てくる話だったのに、こっちは饒舌にしゃべる映画だったので、映画を梯子した僕にとってはそのコントラストも面白かった覚えがあります。

その男、狂暴につき(第1作)

記念すべき第1作は、予定されていた深作監督が降板したため急遽主演である北野武が監督することとなったこの作品です。作品中最大のヒット作品でもあり、衝撃的なデビューとなりました。普通の刑事ドラマになる予定だった脚本は現場で解体され、「狂暴」な刑事を主人公にした狂暴な映画に仕上がりました。ハリウッド大作の、派手ではあっても痛みを伴わないアクションとは一線を画す、「ちょっとした暴力の、リアルな痛み」が映像を通して伝わるあたり、初めての方は驚くでしょう。非常に不快名映画だということも出来ますが、何しろ公開当時の宣伝コピーが、「子供に見せるな!」でしたから、そういう映画なんですよ、これは。しかし、監督第1作から非常に個性が際立つ作品に仕上がっており、技術的には洗練されていないにしても強烈で、忘れがたい1本です。英語タイトルが「ヴァイオレント・コップ」なのですが、うーん。日本語オリジナル・タイトルの勝ち!

ソナチネ(第4作)

「ダイハードみたいなアクション映画を撮ろう」と持ちかけておきながら、とんでもない作品に仕上げたために、松竹の奥山プロデューサーと決別する羽目になった作品です。また、大きな劇場チェーンで公開された最後の作品でもありますね。興行的には惨敗したものの、ロンドンなどでの国際的評価につながった作品でもあります。行き場のなくなった主人公が、罠だと知りつつ沖縄に行き、青い空、蒼い海、白い砂浜とは裏腹にどんどん煮詰まっていくという物語で、この辺りになると観客をかなり選ぶかもしれません。沖縄の旋律を取り入れた久石譲の音楽や、随所に挿入されたコミカルなシーンが普通の観客には救いとなるでしょう。沖縄に行ってからの「停滞した時間」、暴力シーンに見られる一瞬の緊張感と、何もない、そうした大部分の無異な時間の繰り返しを見ていると、なんだか脳髄が麻痺するような不思議な感覚に陥ります。海外の評論家が作り出した「キタノ・ブルー」という言葉(作品中で青い色調が印象的であること)を、僕が強く意識したのはこの作品からでした。

3−4X10月(第2作)

タイトルは、ペナントレース大詰めの10月頃に、3−0で負けていた試合を9回裏に満塁ホームランで逆転勝利、それで(さんたいよんえっくす、10月)というらしいのですが、タイトル同様に普通の観客を戸惑わせる作品でした。草野球チームの一員が、ふとしたことからヤクザと関わり合いになり、沖縄で拳銃を手に入れて仕返しに向かう…というようなストーリーラインなのですが、はっとするような構図、躍動感溢れる影像、ますます磨きのかかった「痛い」暴力表現が、不思議な間と独特のリズムでタペストリーになったような作品です。音楽が一切ない辺りも実験的で、これが全国津々浦々松竹邦画系で公開されたとは、全くもって驚くべき事件だったと思います。なんじゃこりゃー、と思いながら、酸欠で痛くなった頭を抱えて劇場を後にした記憶があります。

みんなー、やってるか!(第5作)

暴力映画の監督だという定評を崩すにはお笑いしかない、という決意で撮影開始するも、精神状態がまともではなかったらしく、それを反映したような奇怪な作品になっています。この完成直後に例の事故を起こしていますね。女性とセックスをしたい一念で、次々に馬鹿なことを考え出す男が主人公で、思わずこけそうなギャグが、妙なナツメロと一緒にてんこ盛りになったような困った作品です。困った、というのは、こんな失敗作でさえ、北野武映画の呼吸をきちんと保っていて、あーあ、やっちゃったなー、と思いながら最後まで見てしまうことにあります(?)何も知らないでみたら、史上最低の駄作、何じゃこりゃ映画になるでしょうね。正直、普通の人はついていけないでしょうから、一番後回しにすることを進めます。この映画をおおっぴらに誉めていたのは淀川先生だけだったような。


というわけで、今や世界の巨匠として突然の大騒ぎになった北野作品を、がらがらの映画館にてリアルタイムに見てきた感想でした。(初日とか、舞台挨拶のときは結構人が入っていたのだけどなぁ)ビデオやLDでの入手も容易になっているようですから、この機会にご覧になってみてください。

尚、アメリカでも1月30日より一部で「HANA−BI」の公開が決まったようです。タイトルは【Flower-Fire】だそうです。「花火」でなく、「花」と「火」だということなので、そうなったのでしょう。

では、新作をみんなで楽しみましょうね。
澤井 隆(さわい たかし)
takkatoh@tkb.att.ne.jp