夢inシアター
みてある記/No. 186

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リトル・ヴォイス
リトル・ヴォイス

- Little Voice -

歌をキーにして描かれるドラマはファンタスティックだけど、実はリアル。

1999-9-26 東京 日比谷シャンテシネ1 にて


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沿いの小さな街に、彼女リトル・ヴォイス(ジェイン・ホロックス)は母親マリー(ブレンダ・ブレッシン)と住んでいました。彼女は自閉症みたいで、部屋にこもっては、マリリン・モンロー、ジュディ・ガーランドといった昔のスタンダード・ナンバーのレコードばかり聞いています。いい年こいたマリーは派手なカッコで男漁りの日々、そんな彼女にひっかかったのが、胡散臭いプロモーター、レイ・セイ(マイケル・ケイン)です。彼女の家に来たレイは偶然、リトル・ヴォイスの歌声を聞きます。これが、ジュディ・ガーランドそっくりなのでびっくり、他の歌手でもおなじように、そっくりに歌うことができるようなのです。これを売り出せば、もう一花咲かせることができると思ったのか、レイはマリーを抱き込んでリトル・ヴォイスをクラブの舞台に引っ張り出そうとします。しかし、彼女は亡き自分の父親のために歌っていたのです。ですから、そんな人前で歌うなんでとんでもない、と、きっぱり意思表示できれば、よかったのですが......。

「ブ
ラス」の脚本、監督であったマーク・ハーマンがまたしても、田舎の人々の暮らしと音楽を絡めて、人間ドラマを作り上げました。「ブラス」はそれまで一所懸命に働いてきた人の誇りと希望を奪うなという明確なメッセージがあったのですが、この作品ではもっとクールに人の生き方の悲しさとしぶとさを見せます。タイトルトップがブレンダ・ブレッシンだったのですが、確かにこの人中心にドラマは展開していきます。いい年なのに、いい男を物色してまわるドハデおばさんを、ブレッシンが共感を呼ばないやなキャラクターとして演じきりました。自分の娘なのに、ボロクソにののしるやな母親でもあるのですよ、こいつが。「秘密と嘘」なんかとは打って変わった、わめきののしる、自己中心的ないやな女をブレッシンは達者にこなしています。そして、ビリングでは2番目のマイケル・ケインが一筋縄ではいかないプロモーターを楽しそうに演じています。こいつもかなりいやな奴として描かれているのですが、そんな二人がヒロインの天才を発見して盛り上がってから、しっぺ返しを食らうまでがメインのストーリーとなります。ヒロインを演じたジェイン・ホロックスがチャーミングで、好演しているなあと感心したのですが、実際のものまねの歌の部分も彼女自身が演じているとラストクレジットで出るので、感心の上にびっくりです。ただ、似ているのかどうかは、マリリン・モンローとジュディ・ガーランドくらいしか知らないもので、よくわかりませんでした。

ロインの母親は、娘を徹底的にバカにしてまして、娘に希なる才能があることを見出してからも、彼女に対するこれっぽっちの思いやりもありません。エゴイスティックで欲望丸出しの母親で、典型的な敵役なのですが、そのなかにささやかなペーソスとしぶとさを滲ませたあたりはさすが「秘密と嘘」のブレッシンの名演が光りました。騒々しくて、とにかく言いたいだけ言って、人の話は聞こうとしないという典型的な、やなおばはんです。こういう母親のもとでオドオドと日々を暮らすリトル・ヴォイスが痛々しく見えてしまいましたもの。でも、こういう親子関係って結構その辺に転がっているんじゃないかと思わせるリアルさがありました。最後まで改心の情を見せないしぶとさも、存在感のあるキャラクターになっています。その一方で、年齢容姿に不相応な化粧や服装でテンション上げるあたりにペーソスを感じさせ、この人も過去に色々あったんじゃないかなと匂わせるあたりのバランス感覚が見事でした。

ロモータのレイも、とにかく彼女を舞台に引っ張り出せば後は何とかなるだろうという、楽天的いい加減な奴です。それなりの腕と才覚はあるようでして、リトル・ヴォイスの心を開いて歌うように説得するあたりは、うまいものですし、彼女もそれなりの信頼を彼に置くようになるのですが、それでも詰めが甘いというか大雑把というか底が浅いというキャラクターを名優マイケル・ケインが軽妙に演じました。そして、リトル・ヴォイスに好意を持つ電話工事の青年を演じたユアン・マクレガーもよかったです。鳩を飼っていて、鳩のことしか頭にないおっとりした若者を非常に好感の持てるいい奴として演じきりました。「スター・ウォーズ」のオビ・ワン役は出ずっぱりだったのにまるで印象に残らなかった彼ですが、ここでは出番は多くないけど心に残るいい仕事をしています。

た、ブレッシン、ケイン、マクレガーの各々にさらに脇役としてついた面々が見事でした。ブレッシンの横で、なんとなくそこにいるという感じで妙におかしなおばさんを演じたアネット・バッドランド、浮き足立つケインの横で分をわきまえたクラブのオーナーを細やかに演じたジム・ブロードベント、鳩オタクのマクレガーに暖かな視線を送る同僚を演じたフィリップ・ジャクソン、この面々がドラマをささえています。勿論、彼らが光る脚本、演出をしたマーク・ハーマンの腕も見逃せません。

初はこの映画は歌のもつパワー、魔法についての物語だと思っていました。自閉症気味の少女が歌を歌うということで新しい世界が開けていくという展開かなという予感がありました。ところが実際に観てみると、彼女はレコードの歌の世界の中に閉じ込められていて、結局彼女の心を新しい世界へ向かわせるのは別のものだったのです。それが何かは劇場でご確認下さい。音楽が、閉ざされた心を救うという美談ではありません。彼女の歌の世界というのは、過去への逃避のための道具でしかないのです。どうしてそんなふうになってしまったのかは、映画のなかで明確には語られないのですが、どうやら幼いころに父親を失った際のトラウマのようなのです。彼女にだけ見える幻として登場する父親なのですが、大変やさしそうな、あの母親の連れ合いとは思えないキャラクターなのです。

が感じたのは、どうも、この父親がヒロインをこんなふうにしてしまった張本人なのではないかということでした。あの父親の弱さ、やさしさこそが全ての発端で、母親がこんなになってしまったのも含めて、この父親のせいではないかという気がしてきました。ブレッシン扮する母親は、そんなひどい人間でないにもかかわらず、悪役にされ、しっぺ返しを食らっているようにも見えましたもの。(ちょうど、「舌きり雀」のおばあさんみたいです。生活感のないおじいさんに比べて、おばあさんの現実的生活感が結局悪者のように扱われてしまうという昔話です。)単なる善悪の区別に陥らないドラマの奥行きは、一見ファンタジー風のドラマを、観終わってから会話が弾む映画にしています。

ジャックナイフ
64512175@people.or.jp

お薦め度 採点 ワン・ポイント
◎ 2点2点2点2点0点 「ブラス」と同じく結構リアルでシビアなドラマです。
何か不思議な後味が残るクセのあるドラマ。
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